旅史上最高の日々
「嬉しい、です……連絡、くれるの……」
翌日、僕は酒場で紙切れをくれた女の子の連絡してみた。彼女の名前はララといった。
「僕の方こそ。こういう経験ないから、どうしたらいいか分からなかった」
「イヅルさん、沢山の人に、好かれそう……なのに?」
待ち合わせ場所は、都市の中心から少し逸れた水路が見える場所。人工的なその水路は舟が動いて観光客や荷物を運んでいる。
「そ、そうかな?」
「うん。……酒場では女の人、2人と一緒だった……。から。声かけるの怖かった……」
「あはは、あの2人はただパーティ組んでるだけだから安心して」
「あの、イヅルさん」
彼女が僕の腕を体に寄せる。2人は密着する形になる。柔らかい。
「イヅルさんは、どれくらい戦闘がお得意なんですか」
「うーん、そうだな」
僕は流れている川に手をかざす。水は龍みたいな形をつくって、激しくうねる。––––流体操作だ。
「これくらいの物体なら、自由に操れる、かな?」
「嘘……凄い」
彼女は、本当に目を輝かせた。女神からもらったこの能力で、初めて人に凄いといわれたように思う。僕は気持ちよくて仕方なかった。
「ねえ。イヅルさん。もし、よかったら、ですけど……」
彼女のくらいがめり込むくらいに近づいた。僕は鼓動が伝わらないようにするので精一杯だった。シックな服装に身を包んだ彼女のダークな雰囲気のときだけ、見つめているときに光を感じる。ダンジョンを
「私とどこかに、2人、遠いところに行きませんか」
「えっ」
「あの、パーティの方々……に未練がなければ、です。私は、この街が嫌い。お酒に
腕が冷たい。彼女は僕の肩で泣いている。
「ずっと、探してたんです。一緒になりたいって思える人……。イヅルさんは、私にとって、そういう人」
上目遣いが僕を捕らえる。会話も含めて、ずっとこのままで居たいと思った。
「ちょっとだけ、考えさせて」
「えっ」
「すぐには判断できないから」
「……やっぱり」
「ん?」
「やっぱり、私なんかじゃ!」
突然彼女は叫んだ。びっくりした。
「ううん。そんなんじゃなくて、ほら、色んな人と話し合わないといけないからさ」
「じゃ、じゃあ」
僕の腕を掴む力が、さっきより強いように感じる。
「私のこと……好き? それだけ、教えて」
「えっと」
「嫌い?」
「そんなわけないよ」
「じゃあ好き?」
僕は黙ってうなずいた。まだ「好き」と言わないほうがカッコいいと思った。
◆
本当はララとずっと一緒にいたかった。だけど、王女ヒメリから呼び出されていたので急いで城に向かう。昼ごはんを食べるのは諦める。
途中のブティックでソフィーとクロアが買い物しているのが見えた。目は合わせないようにした。
門で名乗ろうとしたら、顔を見せただけで通された。
強烈な鈴蘭の匂いが鼻をつく。
「また、呼んじゃった。……迷惑だったかしら?」
ヒメリは微笑んだ。気品があって落ち着いている。知性もどことなく感じられて良い。王族の教育の
「しばらくこの街にいますから、いつでも呼んでください。それで、本日はどんな御用で?」
「ふふっ。なんだと思う?」
「……見当がつきません」
「イヅルに会いたかったから、ではダメかしら」
「……」
僕は大いに困った。困ったといってもやめてほしいわけじゃなし迷惑被っているわけでない。ただヒメリの勢いに上手い返しができない自分に困った。
「イヅル、そこのベッドに寝転んでみて?」
指示されるままカーテンのついたベッドに寝転がる。こんな冒険を繰り返した汚い服でいいのかな? 洗濯はしているけど。
「ふぅ〜。あたしも」
「えっ!? ヒメリ」
「駄目。このまま」
彼女は寝転がった僕の隣に寝て、自分と僕の顔を向け合わせた。細くて繊細な手をしている。近くでも、羽衣から見えている肌は真っ白だった。そんなことを考えている自分の生理的反応が色々困ると面倒だと思った。
「このまま寝られたら絶対幸せよね。ちょっと、寝ちゃってもいい?」
「で、でも、ヒメリ。国のお仕事とか」
「そんなもの、大臣に任せればいいのよ」
彼女は僕に体を寄せたまま、眠ろうとして目をつぶった。
ヒメリの全てが、僕の手の届く範囲にある。
けれど。
「それは、ダメじゃないかな」
どうしてだか僕は。
「国の治める役割を与えられたのなら、しっかりとそれを全うするべきだと思う。国民も、絶対ヒメリに期待しているはずだから」
極めて真面目なことを言ってしまった。
「イヅル……?」
ヒメリはぽかんとした顔をしている。
「あっ、いや、ごめん、その。……僕ほんとはこういうこと言うタイプじゃないんだけど」
ではなぜ今のような発言を。誰の影響だ。考えて、いつもカジノをしている、あるパーティメンバーの顔が浮かんだ。クソッ。
「いや。あたしの方が悪かったわね」
ヒメリはベッドから体を起き上がらせて、乱れた衣を正した。
「イヅルの言う通り、きちんとしなくちゃ駄目だわ。……そうやってはっきり指摘してくれる人も今はいないから。あたし、イヅルのこともっと好きになったかも」
鈴蘭の強烈な匂いが漂う部屋で、
◆
「あっ、お兄ちゃんだー!」
宿屋に戻るとティルが居た。覚えていてくれるのは嬉しい。彼はぼくの足元に抱きつく。
ティルの頭を撫でながら、無意識に彼の母親を探した。
「また会えましたわね。イヅルさん」
セレカは、目を細めて笑う。まだ若いはずなのに、ティルを眺めるその視線には母性を感じる。
「お出かけなされてたのです?」
「ええ。魔物を狩りに」
僕は嘘をついた。
「すっげえ! お兄ちゃん一人で戦うの」
「うん。戦闘だけは得意だからね」
「素敵ですわ。……ティルも、いつか冒険者になるのが夢で。強い人がお父さんの方が良い! っていつも言っているのです」
「どんな魔物倒したの! 教えて!」
「こら、ティル。イヅルさんは忙しいのです」
「今日は夜なら時間ありますよ」
セレカの体がぴくりと動いた。
「えっと、お部屋はイヅルさんだけなのです?」
「あ、それは」
「お風呂!」
部屋の説明をしようとしたらティルが叫ぶ。
「お風呂、お兄ちゃんと入りたい! いっつもママとだしつまんない!」
「ダメなのですティル。1人でシャンプーもできないのに、イヅルさん困りますわ」
「ティルの頭ならお兄さん洗ってあげるよ」
「ほら! お兄ちゃんもそう言ってるし」
「まあ……。本当に良いのです?」
「気にしないでくださいセレカさん。ティルくん、そこまで暴れないでしょうし」
「……この宿屋には家族風呂もあるみたいですから、3人で入ります? それならティルも怪我する心配が……」
「3人!?」
「ああ、ごめんなさい私ったら。そうですわ。そんなの、嫌に決まっているのです」
良いに決まっているのだが、それは僕の理性が崩壊しない前提だった。こんなにヘタレなのに、ハーレムが組みたいとか言っていた転生初期の僕よ……。
最終的に、僕とティルが一緒に、セレカは別でお風呂に入ることになった。
「楽しかったー!」
脱衣所を出てティルがそう言う。
「ありがとうございますわイヅルさん。ティルが文句言わずお風呂に入るなんて珍しいのですから」
「お兄ちゃんね! シャンプーのとき楽しいお話めっちゃしてくれて、あっという間だったよ」
「お話……?」
「昔は、子供を楽しませる絵本とか書いてみたくて、よく物語を考えていたものですから」
「凄いのです……! イヅルさん、何でもできる本当に素敵な方。あなたのような方がティルの父だったら」
「はっ、今のはなんでもないですから。気にしないでほしいのです」と彼女は目を伏せる。
お風呂上がりの体がさらに熱くなった。
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