信仰の価値

 ––––酒場[ドロータの町]––––


 僕らはクロアに成すすべもなかった。みな綺麗にだまされてしまった。くそっ。26年生きてきた僕の対人力……!


「クロアを、パーティに迎え入れようと思う」。そう言って、振り返った時には、もう彼女はいなくなっていた。まんまと逃げられた。こうして被害者ひがいしゃ3人ならぬ僕のパーティは、酒を飲みにドロータの町にあるソフィーおすすめの店に立ち寄ることにした。


「やっぱり俺はソフィーが初めにやられたのが駄目だと思うぜ。あれで流れが変わってしまった」

「人のせいにするか。私は最初に狙われたから正しい対策が取れないのも当然だろう。それよりも、2人がやられる様を見ておきながらまんまとれたイヅルが戦犯じゃないか?」

「はあ!? 僕のせい!?」

「なんかイケボ作ってパーティ入れるとか言ってたよなあ。まんまと騙されてやんの」

「ロムスだって体密着されて叫んでたよね?」

「うるせー」


 言ってみな手元のビール……ソフィーだけはシャンディガフだが、を飲み干す。


「はあ。それにしてもだな」


 僕の向かいにいるソフィーは酒場の内装を眺めながら言う。


「なんとも趣味の悪い店になってしまった。この前来た時はもっと良い雰囲気だったのだが」


 趣味の悪い……とはこの店じゅうに貼られているポスターやブロマイドのことだろう。確かに、一面にクロアの写真が貼られていて、そういうのに理解がない人間だと遠ざけたくなる気持ちもわかる。


「誰が趣味の悪いですって」


 2杯目を頼もうとしたら聞き覚えのある声がこちらの机に飛んできた。体が飛び跳ねそうになる、この甘い声。


「……クロア!?」


 僕らのいる机が凍りついた。やばい、またボコボコにされる。


「まだあんたらこの町に居たんだ……。––––あっ! 店主さ〜ん☆ こんばんクロア〜。ここの料理おいしいから、今日も来ちゃったみゃ!」


 店主に最大級のアイドルスマイルを向けてから、彼女はソフィーの隣に座る。ソフィー、そこ代われ。


「……あんたらグラス空だけど、何か頼む?」

「えっ、あっ、じゃあ」


 僕は言葉が出てこなくなった。なんか話しかけられるだけで動悸どうきがする。


「……俺、ビールでいいかな。イヅルは?」

「僕もそれで」

「私はゆずハイボールで頼む」

「りょーかい。––––店主さーん、生4つ!」


 それから何も言わないでクロアは僕らの机にある食べ物に手をつけた。変な緊張きんちょう感と、いい匂いが4人の間にただよう。


「ああ〜〜。世界一美味しいわこれ」


 クロアは1杯目に口をつけてから、トロンとした目をして口を開いた。


「……えっと、あんたらパーティは、何が目的なんだっけ」

「……」


 全員黙ってしまう。このパーティはチョロかった。


 率先そっせんしてくれたのは、ロムスだった。さっすがうちの論理担当!


派遣はけん部隊がな、来ねえんだよ。いつもならスターレリアに来る時期なのに。それで、スターレリアの方では、何かあったんじゃねえかって噂になってた。だからこの町に様子をうかがいにきたってワケ」

「ふぅん。スターレリア……。んで、あんたらは、クロアのせいで部隊が来なくなったと思ってるの?––––あっ、ソフィーちゃん私も1本」


 この世界喫煙者多すぎでしょ……。


「半分正解だな。派遣部隊が来ないことと関連があるかはさておき、この町が異様いような雰囲気に支配されていて、その元凶げんきょうがキミである可能性は極めて高い。だから、私たちはキミに接触しようとした」

「ソフィーちゃん」

「なんだ?」

「シガーキス、してみない?」

「!?」


 それ以降ソフィーは黙ってしまった。


「おいおい。またパーティを荒らす気か。これはスターレリアとドロータの交友関係にも関わる問題だぜ? お前の行為が人々の秩序にも影響してるって自覚、持ってくれよ」


 ロムスは最高に真面目なことを言った。


「あんたらにはクロアが悪に映ってる訳か……。そりゃ会話にならないよね。––––店主さん! 今日も料理最高に美味しいみゃ! あとウイスキーロックで!」


 クロアは、バッグから小さなお守りを取り出して、それを握りしめた。


「あんたら、私のことを宗教だって言ったよね。このドロータの町は、もともと宗教に支えられていた宗教国家なの。人々は、国教である女神イドルを崇拝し、供物を捧げることで、作物の恵みを頂いたり、魔物からの加護を受けていたの。……それなのに」


 カランと、クロアの持ったグラスが音を立てる。


「あの日から……、地震が起きた日から、女神様は微笑まなくなったんだ。町のみんなは毎日のように祈りを捧げて、生活を削って供物を持っていったのに。何も起きなくなった。魔物の数は増えるし、干ばつが続く。––––そのときに、クロア、気づいちゃったんだよね。神さまなんていないんだってこと」


 僕らは真剣にクロアの話を聞いていた。地震が起きた日、からか。本当に神さまが居ないのかどうかはなんとも言えない。元の世界だとよく議論になっていた。でも、こっちの世界には居るはずだと思う。だって僕、転生するとき女神に対応されたし。


「ずっと信じてたのに、小さい頃から、信仰して生きてきたのに、嘘だって気づいたとき、どうやって生きていけばいいか分からなくなっちゃった。そこで、クロア考えたの。……クロアが、みんなのことまもってあげればいいんだって」


 壁に貼られたポスターが目に入る。スポットライトを一身いっしんに受けて、笑顔で汗を流す彼女。それは、教祖なんかじゃなくて、立派に人を幸せにするアイドルだ。


「クロアだったら、応援された分だけみんなを幸せにしてあげる。魔物とも戦えるし、もらった投げ銭を生活品に変えて貧しい家庭に配ってやれる。お祈りだって、あんな味気ないものじゃなくて、もっと楽しい、歌って踊るようなものにできる。……この町はもう、女神様に頼らなくたって生活できる」


 僕らしかいない酒場で、クロアの甘い声がはかなく響く。店主は話を聞いて号泣していた。


「あんたらが儀式って呼ぶような行為をクロアがやった理由はそれ。……派遣部隊のことは、ちょっと悪かったと思う。クロアの予想よりクロアのライブはバズっちゃって、みんな働かなくなっちゃったから」

「町がそういう風に機能しなくなって、お前は満足してんのか?」

「なんとも言えない。……でも、元の生活よりは絶対幸せなはずだよ」

「幸せ……か」


 幸せってなんだろうか。酔いが回ってそんな哲学が僕に襲いかかってくる。クロアは、ずっと信じてた女神に裏切られて、その穴を埋めるために自らアイドルになる道を選んだ。


「派遣部隊にはクロアから掛け合ってみるね。クロアが言えば、動いてくれるかもしれないし。……それで3人は満足?」

「僕らが町に来たのはそれが理由だからね。そこを何とかしてくれると助かる」

「分かった」

「あの……クロアさん」


 合意が形成された矢先、店主がこちらの机にやってきた。


「お話はかせていただきました。ドロータの救世主メシアである大アイドル、クロアさんがそんな信念を持ってライブをしてくださっていたなんて……」


 あ、この世界にもちゃんとアイドルって概念あるんだ。


「私たちも、クロアさんに甘えてばかりでした。女神イドル様は、希望を持って生き、懸命けんめいに労働する町民に微笑んでくれるはずなのに、苦しい生活から逃れることばかりで、私たちはすがる先を探していて」


 店主は泣きながらそんなことを言う。僕も目頭が熱くなった。ロムスは泣いていた。やっぱこいつ良いやつだな……。


「クロアさん。ドロータの町民は、一度目を覚ます必要があります。クロアさんの恵みなしでも機能していた、かつての町に戻る必要がある。女神様に見せてやりましょう! 私たちだってやればできるってこと!」

「店主さん……。えへへ〜、さすがだみゃ」

「……どうやら、町があるべき方向に動き始めたみたいだな」

「ソフィー、生きてたんだ」

「なに、ちょっと怯んでいただけだ」

「んじゃあまあ〜、話は決まったな!」


 ロムスと僕は目を合わせる。


「そうだね。派遣部隊が無事スターレリアに送られるってことを、向こうに伝えに行こう」

「あの……! 3人ともっ」

 

 クロアが不意に立ち上がる。


「クロアも……みんなについて行っていい? もし、この町がクロアなしでも頑張れるなら……だけど」

「えっ」


 僕は思わず店主の方を見る。彼からはサムズアップが返ってきた。


「町のみんながいいなら……」

「クロア、スターレリアに用事があるの。どうしても確認したいことがあって」

「お〜! それじゃ、遂に4人パーティだな!」

「私の見たところによるとクロアの戦闘能力は相当高いぞ。これは頼りになる」

「……ということらしい。じゃあ、これからよろしくね。クロア」

「うん、よろしくね。……世界を救う女神級アイドル! クロアちゃんの仲間入りだみゃ〜☆」


 そうしてクロアは残っているウイスキーを一気に飲んだ。


 ほんの出来心で始めた『チートあんまり使わない縛り』も、いよいよ4人パーティを組むところまできた。

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異世界チート生活、なんか思ってたのと違う @s-uam-a

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