魔性のアイドル

 ––––広場[ドロータの町]––––


 捕えられていたクロアの周りに集まっていた町民は次第に去っていって、広場には僕とロムスとソフィーとクロアだけになる。


 ここからが、僕たちにとっての本題だ。……数時間前に建物の中で見た、歌って踊るクロアと、それに向けられる人々の強烈な熱意。その儀式ぎしきの正体を突き止めなければならない。


 その前に。


「タンマ。作戦タイム」


 僕らはクロアから一旦距離を置いて、作戦会議のごとく3人で顔を合わせる。


「ロムスとソフィーの2人に聞いておきたんだけど、儀式のことは、単刀直入たんとうちょくにゅうに聞いていいんだよね」

「もちろんだ」

「俺も賛成。ただ、1個気をつけてほしいことがあるぜ」


 ロムスは、さらに声量を下げる。


「やつはくさっても、現状げんじょう、町それ自体を支配しているような影響力の持ち主だ。どういうスキルを使って俺たちを取り込もうとしてくるか分からない。だから、取り込まれることのないようにしろ」


 僕は大きくうなずく。


「てか、ロムスは大丈夫?」

「なにがだよ」

「取り込まれないか……って」

「ばかやろう! 俺は論理第一に生きてるんだぜ。たとえハニートラップを受けようと、俺は無敵さ。……それよりソフィーはどうよ?」


 ロムスはやけに自信ありげだった。ソフィーもしたり顔で返事する。


「私は理性を最も大切にしている。その原理が理解できないことを、勝手に盲信もうしんするなど、私の人生ではありえない」


 さすが僕のパーティメンバー! やはり2人は頼りになる!


 僕たちは意を決してクロアとの接触を試みることにした。


     ◆


「ごめん、待たせちゃって」

「気にしないみゃ〜。助けてくれたこと、……感謝してるしねっ」


 クロアはわざと前屈みになりながら言った。その中が見えそうになる。僕はこれ以降、上を見ながら喋るとちかった。……でなければ取り込まれる。


「おい、クロアと言ったか。色仕掛けのようなくだらない真似はやめろ。……私たちは、キミから大切なことを知りたくて、わざわざスターレリアの町から来た」

「なになに〜、お姉さん。カリカリしてるみゃ〜」


 クロアは綺麗なターンを描いてから、一気にソフィーとの距離を詰めた。


「そんなに強がって、きっと寂しいんだね……」


 彼女はソフィーの口元からタバコを抜いて、さっきまでソフィーの口に触れていたそれを自分の唇で噛んだ。


「……ッ!?」

「おい、ソフィー! 怯むな!」

「ふぅん……」


 クロアは目を細める。


「お姉さん、ソフィーちゃんっていうんだ。……超素敵な名前」


 2人の顔が、触れそうなくらいまで近くなる。


「ソフィーちゃん。あのね……」


 普段落ち着いているソフィーの呼吸が、著しく乱れている。こんなソフィー、見たことない。


「女の子は、本能的に、女の子のコト、好きになれるようにできてるの。……知ってた?」


 そう言ってクロアはソフィーの首筋を撫でる。


「はあぁ、はぁ、ふふ、ふひひひ、えへ……」


 ソフィーのHPは0になった。


「ソフィーーーーーー!!!!」

「あらぁ。……全然手応えがないみゃあ」


 今度はクロアがロムスの方を見る。次第に獲物えものを狩るパンサーのようだった。


「あ……あ……」

「ロムス! 落ち着け」

「わわわわかってるよ、だぜ」


 クロアはロムスの首に手を回して背伸びする。クロアの胸部の柔らかいそれがロムスの胸筋に触れる。


「お兄さんはさっきクロアのこと裁判にかけたよね……? クロアのこと、どーやって裁きたいの?」

「ぁ……」

「論理だ! ロムス! いついかなるときも!」

「ろんり〜? ロムスも寂しいの?」


 クロアは上目遣いでロムスを見つめ続ける。ロムスは、彼女と目を合わせてしまう。


「うおおおおおおおおおおおおあああああああああああ!!!」


 ロムスのHPは、0になった。


「後は〜、お兄さんだけだねっ」


 僕は、絶対に屈しない。ソフィー、ロムス、見ててくれ。僕には女神から授かった力がある。


「ねえねえ〜、お兄さん」


 彼女は両手で僕の右手を包む。


「……名前は?」

「ん……」


 他の2人は聞いてこなかったのに僕だけ名前を聞いてきた。僕のこと、好きなのか?


「イヅル……」

「へえ〜。カッコいい名前」


 一旦、深呼吸。そして空だけを見つめる。


「イヅルはさあ、チェキって知ってる?」


 チェキ……聞いたことがある。元の世界のアイドルがやっていたイベントの1つ。……推しと、ポラロイドで写真を撮ることができる。


「クロアとも撮ろうよ! あ、でもポラロイドないからスマホね」


 僕は返事に困った。しかし、彼女は僕のことが好きかもしれないし……。別に、写真撮るくらい良いよな?


「わかった」

「じゃあ、手をさ、こーやって指折り曲げて……。そうそう! 2人で、ハートつくるの! じゃ、いくよ〜。……はい、チーズ。だみゃ」


 クロアは撮った写真を確認して、いくつかの加工をかけてから僕に見せてくる。


「見てみて! すっごい綺麗なハート。イヅル、この表情すっごく良くない!?」

「はは……そうかな」


 なんか彼女は僕にだけフランクだ。やっぱり僕のこと好きなのか!?


「この写真みて思うんだけどさあ……、クロアとイヅル、すっごく相性いいかも……っ」


 あ、ダメだこれ。


「ロムス! ソフィー!」


 僕は振り返って倒れた2人に声をかける。復活するのを待つのは億劫おっくうだからチート回復魔法『ドグマセラピー/アステルキュア』をぶつけまくって即回復させる。


「あれ……私は何を……」

「イヅル……? 俺、なんで倒れて」

「2人とも、聞いてくれ!」


 僕は真剣に頭の中を整理する。大切なものがあるんだ。僕には。その大切なものを、優先しなければならないんだ。


「すっごく、重要な話だ」


 大切なものがある。……いや、できた・・・


 人生最大の男らしい声を無理矢理作って、僕は2人に提案する。


「クロアを、パーティに迎え入れようと思う」

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