信仰の町ドロータ

     ◆


 ––––ドロータの町––––


「来たぜえええドロータの町!」

「懐かしいな」


 スターレリアから徒歩で2泊3日。戦闘はあっても命の危機は感じることなく、僕らは隣町のドロータへたどり着いた。


 転移がないとこれほどかかるのか。なかなかいい運動になる。途中、体を休めるために何度かキャンプをしたが、ソフィーはずっとタバコを吸いながら本を読んでるし、ロムスはオンカジしかしないし、僕も酒を飲みながらアニメを見るくらいで特にエモい出来事はなかった。よくよく思い出したら星の1つや2つは見えていたかもしれない。誰もそんな話しなかったけど。


「何の問題から手をつけようか。やはり依頼されている部隊の謎か?」

「そーだなあ! 心配だし」

「どこに部隊がいるんだろ?」


 町を見渡してみる。そこで異様な雰囲気にようやく気づく。


 人気ひとけを、感じない。


「誰も……いなくね」

「この町ってこんな感じなの?」

「いや、私が前来たときはもっと賑わっていたはずだ。……ロムスは?」

「右に同じだな。色んな人が出歩いてたぜ」


 不思議だ。部隊が来ないことと、地震の起きたことが相まって、とても嫌な雰囲気がする。……魔王は討伐されているはずだが、それでも魔物の驚異が完全に無い、とは断言できない。


「あっ」


 考え事をしていたら、1人の人間が遠くを走っているのを見つけた。


「あそこに、誰かいる」


 彼––––遠くから判断した性別だが––––は慌てたような素振りで、近くの建物に入っていく。


「追いかけてみよう」

「奴に話を聞いて情報探索だな」

「封印されしキューティクマさんが待ってるのに、めんどうなことになりそうだぜ……」


     ◆


 ––––謎の建物[ドロータの町]––––


 建物の中の雰囲気は、外にも増して”異常”だった。レーザーのようにカラフルな光が飛びい、轟音ごうおんが鳴りひびいている。


 あふれんばかりの人が、そこに密集していた。さっき駆け込んだ人間も、神父も、親子連れも、そしてエンブレムをつけたよろいを身にまとう兵士––––おそらく彼らが派遣はけん部隊だろう––––もみな、光り輝く棒を持ち、建物の奥にいる人物に向けていた。


 奥にいる人物は、元の世界で山ほど聞いたようなポップでキャッチーなメロディに合わせて曲を歌い、踊っている。


「オイ! オイ! オイ! オイ!」


 そして、人々はそれに対してひたすら叫びつづけていた。


「なんなんだよこれは……」

「耳が痛い。ドラゴンでもここまでの咆哮ほうこうとどろかせないぞ」


 比較的静かな入り口で2人が言った。僕の困惑はまだ収まっていない。


「やあ、見ない顔だな。ここは初めてか?」


 近くにいた中年の男に声をかけられた。僕は黙ってうなずく。


「どんどん増えていくよなあ。……でも、仕方ないよ。女神様はこちらに微笑んでくれねえんだから、俺らは彼女に頼るしかねえ」


 僕はなんのことか理解できなかった。そのうちに、歌い終わった彼女がこちらにマイクを向ける。


「みんなー★ 今日も来てくれてありがとうだみゃ」

「うおおおおおおおお!」

 

 大衆の声で建物が揺れる。地震の原因がこれかと勘違いするほどだった。


「女神も勇者もアテにしちゃダメ! 信用できるのは〜? せーのっ」

「「「クロア!!!!」」」

「は〜い、よくできましたあ♡」


 僕は戦慄した。


「こ、これは……」

「ああ、間違いないな」


 振り向くと、ロムスとソフィーが顔を合わせている。そうして同時に言った。


「「カルト宗教だッ!!」」


     ◆


 ––––広場[ドロータの町]––––


「まさかこの町が宗教の驚異きょういさらされているとはな。––––それにしても狭い空気の後の一服はうまい」


 一旦いったんの建物から出て、僕らは町の広場で話し合うことにした。どこを見渡しても、僕らしかいない。


「町民みなが1人の女に夢中になるのはちょっと不思議な気がするぜ……。もしかしたら魔物がけている可能性もあるかもな。––––おっ、フルハウス!」

「うーん……」


 僕は頭を抱えた。冷静になって考えてみる。あれは元の世界にも存在していた職業––––アイドル––––だ。綺羅きらびやかな姿でステージに立ち、歌い、踊り、人々を魅了する。れっきとした、人が生きる術であり、社会の一部だった。


 ロムスやソフィーは一切そういった単語を口にしなかった。この世界はこれだけサブカルチャーが発展していながら、アイドルという概念がいねんは存在しないのだろうか。それとも、町民みなが熱狂ねっきょうするさまを宗教と揶揄やゆしただけか。


 どちらにせよ、彼女はアイドルまたはそれに準ずる存在だということになる。そのことに関して、僕は一切の疑問はない。ただ、引っかかるのは、町の人間がみな––––仕事を放棄ほうきするほどまで¬¬¬¬––––1人のアイドルに夢中になっているということだ。


「話を聞いてみよう。さっきステージに立っていた、彼女本人に」


 冒険の基本は、情報探索。ただし町に人がいないなら、もう本人に直接当たるしかない。


「そうだな……私も同じことを考えていた……。ただし」


 ソフィーは、僕の後ろを指差す。振り向くと、パンサーやらヴァイパーといった魔物が町の入り口にたむろしていた。


「町に門番がいないから魔物が侵入してきている。駆除くじょをお願いしてもいいか? イヅル、戦闘は得意だろう」


 ソフィーは呑気に2本目に火を付けている。その余裕あれば君も戦えるでしょ。


「彼女との接触は私たちに任せておけ」

「い、いいけど……」


 戦闘を任されることはなんともないのだ。僕には女神から与えられた戦闘能力がある。不安なのは……ソフィーとロムスだけに、彼女と初対面の会話を一任いちにんするということだった。


「おいおいイヅル! 俺らじゃ不安だって顔してるなあ」


 まさにその通りだった。


「安心しろ! 俺とソフィーで、あいつは『丁寧』かつ『慎重』に扱ってやるからよ! 絶対に、絶対に余計なことはしねえ」

「ロムスの言う通りだ。私たちも見くびられたものだな」

「お前ら……」


 目頭が熱くなる。このパーティのリーダーでよかった。メンバーの成長がいとおしい。


「わかった。彼女––––クロアと呼ばれていたかな––––の対応は任せるよ。……信じてるからね。い、一応だけど、ソフィー、……勝手に捕らえて、拘束こうそくとかはしちゃだめだよ。あとロムスも、初対面の相手に理詰りづめしないように!」


 2人は、しつこいくらいに何度もうなずいた。


     ◆


 ––––フィールド[ドロータの町]––––


「凍てつけ……冥界零度レラム・オブ・アイシクル


 周辺の空気に意識を向けて念じると、時が止まったごとく周辺の生命体がその瞬間のまま氷と化す。……これで魔物の処理は完了だ。ものの3秒。


 3秒では2人も仕事を終えられていないだろう。ついでにもっと遠くまで出て、周りのダンジョンにいる魔物も全て狩っておく。これで、たとえアイドルの流行がしばらく続いて警備が甘くなっても、町は襲われないはずだ。それから帰りは運動がてら走って戻った。ついでにダンジョンでゴミのようなものを見つけたので、もしやと思って近づいて拾ってみた。案の定キューティクマさんの右足だったので、回収しておいた。


 さて、愛すべき2人はクロアとやらから話を聞けているだろうか。


 ––––ドロータの町––––


 広場にたくさんの人が集まっている。喧騒けんそうの中から、可憐かれんな声で叫ぶ声が聞こえる。そしてその声は、記憶の中にある……ステージ上の声と一致していた。


 ああ。もう嫌な予感がする。


 群衆をかき分けてその真ん中に向かう。想定通りソフィーとロムスが居た。それだけならいい……が、極めて遺憾いかんなことに。


 ステージ上にいたアイドル、クロアが椅子に縛り付けられていた。


「イヅルか。遅かったな」

「あー! めっちゃ言いつけ破ってる!? 捕まえるのだけはやめろと言ったのにわざわざその方法取ってる!?」

「はて? そんなこと言われたか?」


 ソフィーはとぼけて見せた。町を出る前の約束はなんだったの……。


「ちょっと! 離すみゃ! クロアはみんなに幸せ届けなきゃいけないの〜ミ☆!」


 椅子に縛り付けられた彼女がいう。町民はみな困惑していた。暴動が起きていないだけ安心した。


「被告人! 静かに! ……それではドロータの町のみなさん。この悪質な教祖、クロアは、この俺が町のルールに基づき、正義の元に裁いてしんぜましょう。主文、被告人は……」

「おい! ロムス! お前まで何を」

「おお〜! イヅルか。ちょうどいいところに来たな。いまから彼女を裁判にかけるんだ。ぜひ傍聴ぼうちょうしていってくれよな!」

「いや、そうじゃなくて」

「そうだな。イヅルの言う通りだ。ロムス。裁判なんてかけている場合じゃないぞ」

「ソフィー……」


 ようやく気づいてくれたか。僕たちに今必要なのは、話し合いのはずだ。


「こいつは裁判にかけるまでもなく、薬物で固定してサンプルとして保存するか、いますぐに解剖するかだ」

「いや前回よりも悪質になっとる……!」


 呆れてものも言えない。こうなったらゴリ押しするしかないのか。


正直、この方法だけは取りたくなかったが……。


 僕はクロアをしばり付けている椅子に視線をやる。そのまま、なわほどくようなイメージを頭に思い浮かべて……。


「みゃみゃ! ほどけたみゃ!?」


 イメージ通り、彼女の縛っていた紐がほどける。ダンジョンで扉とかを開くために与えられたスキルを応用してみた。


「なに!? 縄が勝手に!? まさかイヅル、余計なことを……!」


 ソフィーは悪党みたいなことを言う。僕、こんなやつと一緒に冒険してたの?


「あー! まじかよイヅル!? クソっ。大勢の前で裁判ごっこしたかったのに……」


 ロムスはひどく悔しがった。特技生成師クリエイターじゃなくて裁判官目指せばよかったのに。


「みなさん」


 僕はざわついている町民たちに声をかける。


「すみません。私たちは名もなき旅劇団でして。今回はこの町のスーパースター、クロアさんで少しおもしろいことをしてみようと。……これはほんのサプライズです。どうぞ拍手!」


 付け焼き刃の対応で上手くいくか不安だったが、町の人々は優しく拍手してくれた。というかこの演技が失敗したらチートを使って町の人々の記憶を消すしか手段がなかった。


「ありがとうだみゃ〜。優しい旅人さん♪」


 僕より少し低いくらいの背丈をもつ彼女はそう言って笑った。いい匂いがした。


「それに比べて……あの2人は……」


 クロアは、ソフィー、ロムスの2人とにらみ合った。


「クソっ。イヅルのやつ。簡単に騙されてやがる」

「別にまだこの子が悪いと決まったわけじゃないでしょ!?」

「今度ポーカーの必勝法教えてやろうと思ってのにもう教えねー」

「ロムスはマイナス収支だよね!?」


 以上が、僕のパーティをボロボロに……いや、心地よい・・・・場にしてくれるありがたーいメンバーのうち3人目、クロアとの出会いだった。

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