第6話 国王

「謁見の間」は、大聖堂のようだった。おそらく、この空間は城にある一つの「塔」の中なのであろう。上を見上げると天井までの距離がとても高かった。奥行きもかなり長い。


 謁見の間の左右の壁には、巨大な宗教画のようなものが飾られ、この場所の神聖さを引き立たせていた。広く縦に伸びた空間に、赤く大きな絨毯がまっすぐと引かれている。その先には、幅の広い大きな階段状の段差があり、そこには大きな玉座のような椅子が見えた。


 そして、そこに「人」が座っているように見えた。おそらく、国王だろう。しかし、入り口から玉座までかなり距離があるため、まだよく見えなかった。


 ユウトとアリスはゆっくりと進んだ。赤い絨毯をゆっくりと踏みしめながら、玉座の前まで歩いていく。謁見の間は、水を打ったように静かだった。


 進んでいくと、この空間の左右に「観客席」のような場所があることに気づいた。そして、そこには何人もの人々が座っており、みなユウトに注目していた。人々の多くは40代くらい年齢の男性に見えた。みな、西洋の貴族のように細やかな刺繍が施されたコートのような服を来て、胸元には勲章のようなバッジをつけていた。


 彼らが、謁見の間に入る前にアリスが言っていた「士族」達だとユウトはすぐに分かった。ユウトは、士族達の視線に緊張を覚えたが、アリスの先ほどの言葉を思い出した。


『大丈夫ですよ、ユウト様。このアリスが貴方のお側についていますからね。』


 鈴の音のような優しい声が、ユウトの頭の中で反芻していた。なぜか、不思議と力が湧いてくるような気がした。


 玉座の前の段差に近づくと、アリスがユウトを手で制した。ここで待て、ということだろう。ゆっくりと視線を上げる。国王の容姿は先ほどはよく見えなかったが、今度ははっきりと見えた。


 その女性の顔立ちはアリスとよく似ていた。確かに、姉妹なだけある。端正に整った美しい目鼻立ち。涼しげな目元が、美しさを一層引き立てている。彼女は、アリスと同じく「サファイア」のように青く透き通った美しい目で、ユウトのことをじっと見据えていた。


 アリスとは違うところもあった。まず、髪の色。アリスの髪は薄いピンク色だったが、その女性は眩いほどの金髪だった。ウェーブした華やかな髪が、彼女の女性の魅力、母性的な一面を存分に醸し出していた。


 また、ユウトが一際目を奪われてしまったのが、彼女の「胸元」だった。エメラルドグリーンの煌びやかなドレスを着た彼女の胸元は大きく開かれており、そこには2つの大きな双丘が存在していた。男性であれば誰も目を奪われるであろう、女性的な魅力がそこには最大限まで満ちていた。


 双丘は見るからに柔らかそうで、大きく隆起しており、彼女の透き通るような白い肌、王としての威風堂々とした佇まいが「端麗」と「甘美」を存分に醸し出し、彼女の美しく豪奢な乳房が「神聖不可侵」の領域であることをこれでもかと主張していた。


(やべ……)


 まだ18の少年であるユウトは、思わず彼女の胸元を見てしまったが、すぐに頭を下げて視線を逸らした。そんなユウトの様子を見て、国王である女性は微かに笑みを浮かべたように思えた。


「国王陛下、転移者様をお連れしました。こちらが、アイザワ・ユウト様でございます。」


 横にいるアリスが言った。アリスの涼やかな声が、謁見の間に響く。


「アリス、ご苦労様でした。」


 国王である女性は、優しい声でアリスにそう言った。アリスよりも少し低く、しかしアリスと同じく甘く心に響くような声をしていた。


「初めまして、ユウト。私が、メオレア国王、ソーラ・メオレアです。」


 ユウトは頭を上げて、ソーラを見た。優しく微笑むソーラは、王としての威厳と、全てを包み込むような母性的な魅力に満ちた美しい女性だった。


「あ……アイザワ・ユウトと申します。」


 ソーラはユウトの声を聞いて、また優しく微笑んだ。


「ユウト様は、1,000年ぶりの転移者様でございます。右手の紋様がその証です。ユウト様、陛下に右手を。」


 アリスに促されるまま、ユウトはソーラに見えるように、右手の甲をかざした。ユウトの右手の甲には、赤い幾何学的な模様が、はっきりと存在していた。謁見の間の左右の席で、その一部始終を見ていた大勢の士族達がざわつきだす。






「本当に……!」


「すごい!!間違いなく転移者様だ!」


「あの少年が?本物なのか?」






 謁見の間が活気づく。


(そ、そんなに凄いのか。このマークって。)


「静粛に。」


 ソーラの声が聞こえると、士族達は再び静かになった。ソーラの身体からは、王の威厳が満ちていた。


「ありがとう、ユウト。もう手を下ろしても大丈夫ですよ。」


 ソーラに言われた通り、ユウトは右手を下ろした。ソーラは言った。


「ユウト。貴方が"転移者"であることは分かりました。」


 ソーラは、にっこりと微笑んでいた。


「遠い異世界から、はるばるこのメオレアまで来てくれて、本当にありがとうございます。メオレアはあなたを心より歓迎します。」


「あ、ありがとうございます。」


 国王に感謝されるとは思っていなかった。先ほどから「転移者」と呼ばれてはいるが、自分は特別な何かではなくただの「学生」であるということを十分理解しているユウトは、内心困惑していた。


「その上で、メオレア国王として貴方にお願いがあるのです。」


 お願い?お願いとは、何だろうか。














「"転移者"である貴方の"ウェル"をこの国のために使ってほしいのです。」











「……ウェル?」









 ユウトは困惑した。ウェルとは何だろう。


「陛下。ユウト様はまだ"ウェル"のことは……」


 アリスが横から入る。


「失礼、そうでしたね。一つずつお話しましょう。」


 ソーラは姿勢を正して、話し始めた。


「転移者には、特別な力があります。我々人間も、普段"魔法"という特別な力を使いますが、それとは全く別のものです。」


 魔法。先ほど城門でシンテットがやっていたものだ。


「ウェルは、魔法よりも高次元に存在する"転移者だけが持つ神聖な力"で、この世のことわりを超えたもの。」


 ソーラは、堂々とした声で言った。


「メオレアに古くから伝わる言い伝えでは、その力を使えば海を割ることも、広大な大地を消すことも、天から星々を降らせることも容易いと言われています。」


 ユウトは困惑した。


(え、えーっと!俺にはそんな凄い力はないんだけど……)


 ソーラが話す「壮大な力」が、ただの学生の自分に備わっているとは思えなかった。自分は、「朝早く起きて新聞を配り、学校で授業を受けて、屋上で1人物思いに耽っているだけのどこにでもいる高校生」だ。


「自分にはそんな力はない、そう思っているでしょう。」


「えっ!」


 まるでユウトの心の中を見透かすように、ソーラは言った。図星だったユウトの様子を見て、ソーラはにこっと笑った。その笑顔は、アリスにそっくりだった。


「大丈夫。貴方はまだ、自分では気づけていないだけで、もう"ウェル"は貴方の中にあります。貴方の心の中で、静かに眠っています。」


「は、はあ。」


「後は、それにあなた自身が気づいて、正しい方向に導いていけば良いのです。」


(い、いや!そんなこと言われても……!導くも何も、無いものは無いんだが。)


 その時、ユウトはあることに気づいた。美しいソーラに目を奪われていたせいで気づけなかったが、ソーラの後ろ、謁見の間の奥の壁には「巨大なタペストリー」が飾られていた。


 そのタペストリーを見て、ユウトは驚愕した。視線に気づいたソーラは、後ろを振り返り、巨大なタペストリーを見て言った。


「これは、"メオレア王家の紋"です。」


「そして、





















 貴方の右手の甲にある"紋様"と同じものです。」










 タペストリーには、ユウトの手の甲の紋様「赤い幾何学模様」が大きく描かれていた。


「な、なんで……」


 ユウトは呟いた。ソーラはそのまま続けた。


「この国を1,000年前に建国した初代メオレア王も、異世界からの"転移者"でした。」


 ユウトの頭の中で、あるフレーズが蘇る。


『1,000年ぶりの転移者』


(今から1,000年前にこの世界に転移してきた人が、建国者である初代メオレア王だった。)


「彼は、血に塗れた戦乱の時代を自らの"ウェル"を使って終わらせ、平和な世の中を築きました。そして、この大国メオレアを建国しました。」


「彼の手の甲にあった紋様は、そのまま"王家の紋"となったのです。」






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