第7話 能力

 ソーラは続けた。


「貴方のその手の紋様。それは"王家の紋"であり、"転移者"の印です。貴方は、何か"特別な理由"があって、このメオレアに召喚されたのだと私は考えています。」


 ソーラはユウトの目をじっと見つめながら、そう言った。優しい声色だったが、しっかりとした強さを孕んだ声だった。そして、彼女のサファイアのような青く美しい目が、ユウトの心を、その奥まで見透かしているようだった。


「このメオレアは平和な国です。しかし、自然災害や食料問題など、まだまだ手が行き届いていないところも多い。こうやって話している今この瞬間も、苦しんでいる民が大勢いるのです。」


 ソーラは、少し悲しそうな声をしていた。


「それに、メオレアの周囲には多くの"魔族"も存在しています。民は、常に不安と隣り合わせなのです。」


(魔族……)


 ユウトはソーラが言った言葉を頭の中で反芻した。確かにソーラは「魔族」と言った。聞き間違いではなかった。シンテットが城門をすり抜けた「あの現象」を見てからうっすらと、でも確実な、予感のようなものユウトの中にはあった。


("魔法"があるのであれば、多分"魔族"もいるんだろうなと思ってたら、本当にいるのか……)


「だからこそ、転移者である貴方のことわりを超えた力、"ウェル"を、この国のために生かし、役立てて頂きたいのですっ!初代メオレア王が、自身の"ウェル"を使って戦乱の世の終わらせたように。」


 ソーラは一層語気を強めて言った。


「その代わり。貴方の身は我が国が責任を持って保護します。王として、約束します。」


 ソーラはそう言うと、精一杯の「誠意」を見せるかのようにユウトをじっと見つめた。彼女の耽美で繊細な瞳が、その奥でゆらゆらと揺れていた。彼女の言葉は、王として、国を背負うものとして、民衆のことを切に思う真摯で誠実な本心からの「願い」のように聞こえた。しかし、その願いはどこにでもいるような「学生」のユウトには重すぎるものだった。


 ソーラの話が終わってから、少しの静寂があった。その静寂を破るように、ユウトは言った。







「……こ、国王陛下。」


「はい」








 ソーラがじっとユウトを見つめながら答える。


「仰っている内容はわかりました。……でも。」


 緊張と不安に潰されそうだったが、ユウトは喉の奥から声を振り絞り、言った。周りの士族達からは見えはしなかったが、彼の右手は小刻みに震えていた。


「僕には、陛下が仰るような大それた力なんてありません。陛下は"気づいていないだけ"だと仰っていましたが……」


 ユウトは申し訳なさそうに、顔を俯かせて言った。


「そんなもの、僕にはありません。」


 ユウトの言葉に、謁見の間が再びざわつきだす。





「なんと弱気な……!」


「ただの子どもじゃないか!」


「"転移者"というのは何かの間違いではないのか?」






 士族達は紛糾した。彼らの中での"転移者"は、「勇猛果敢で、確固たる信念を持ち、強大な力で民衆を導く英雄」だった。1,000年前の異世界からの転移者、初代メオレア王がそうであったように。


 彼らの目には、ユウトの姿はそれとは真逆に見えた。幼く、非力な彼の姿は、英雄の再来を望むメオレアの士族達には到底受け入れ難い存在だった。


「静粛にっ!」


 ソーラが声を上げる。王の威厳を言葉に乗せ、ソーラは謁見の間を支配した。再び、謁見の間には深い森の中のような静寂が訪れる。


「ユウト。」


「は、はい。」


 ソーラは優しい声で言った。


「この世界に来たばかりの貴方に、このような重責を課してしまうこと、本当に申し訳なく思います。」


 ソーラが話す間、ユウトの横に立っているアリスも、美しい眉をやや傾け、物悲しい表情をしていた。この世界に来たばかりの1人の少年に、この国の都合を押し付けてしまうことへの申し訳なさが、そこに滲み出ているようだった。


「……でも。今のメオレアには、どうしても貴方の力が必要なのです。」


 ソーラは続けた。


「私の方で、貴方の力を呼び覚ますための"適任者"を呼びます。明日、その者と協力して、どうすれば貴方の"ウェル"を発現させることができるかを考えてみてください。」


("適任者"……)


 "適任者"とはどのような人なのだろう。そして、その人に自分はどのようなことをされるのだろう。ユウトの心に、黒く重たい不安が充満した。


 そして。周りから何度自分が"転移者"であると言われても、ソーラが言っていた、まるで天変地異のような強力な力が自分に備わっているとは到底思えない。もし、彼にそのような「凄まじい力」があったなら、燃え盛る火によって焼け死んでいった父や、病魔に連れ去られた母を助けるために全力で使っていたはずだ。


 彼は、自分自身が「無力な存在」であることを、誰よりも自覚していた。そして、それが自分以外の誰かにばれてしまい、「期待を裏切られた」と落胆の表情を浮かべられるのが、何よりも辛かった。


 .

 .

 .

 .

 .

 .


 謁見が終了した。


 ユウトとアリスが謁見の間を出ると、シンテットがドアの前で待っていた。3人は階段を降り、城の1階のエントランスまで向かっていた。


「お疲れ様でした。ユウト様。」


 途中、アリスが優しく微笑みながらユウトに労いの言葉をかける。


「ありがとう、アリス。」


 歩きながらユウトも答える。


(情けない姿、見せちゃったな……)


 ユウトは内心落ち込んでいた。先ほどユウトは、自分が非力であることを大勢の前で自白した。そして、その告白は横に立っていたアリスにも当然届いていた。


「陛下が仰っていた"適任者"、という言葉が気になりますねっ。」


 アリスは悩ましげに呟く。国王、つまり自身の姉の言葉に、アリスもあまりピンと来ていないようだった。


「でも。きっと大丈夫ですよ!必ずうまくいくと思います。」


 アリスが優しい声で言った。


「なぜならっ。ユウト様のお側には、このアリスがついておりますので!」


 彼女は、薄ピンクの美しい髪をふわりと揺らし、胸を張って、そう言った。彼女の壮麗で繊細な仕立てのドレスが、それに同意するかのように僅かにきらりと輝いたように見えた。恥じらいのせいか、アリスの声が少し上ずっていたのが、ユウトには可愛く思えた。


 アリスがこうまで自分に尽くす姿勢を見せてくれるのは、自分が"転移者"だからなのだろう。"転移者が現れたら、皇女がお世話をする決まりなのです"と、彼女は言っていた。それを自分への「好意」と勘違いしてしまうほど、ユウトは愚かではなかった。


「はあ……困った。この紋様のことは良く分からないけど、俺に"ウェル"とかいう凄い力があるなんて到底思えない。」


 ユウトは自分の右手の紋様を見ながら言った。


「それに。」


「それに?」


 アリスがユウトの言葉を繰り返す。








「明日までどうやって過ごそう。」








 ユウトは、別の問題にも悩んでいた。この世界には、彼の帰る「家」はないのだ。仮に今夜は野宿して凌げたとしても、それがどれだけ続けられるか分からない。


 何より、エントラムという見知らぬ土地で、しかも、自分のこれまでの常識が通用しない異世界で、安全に野宿ができるような場所をうまく見つけられるかも分からない。


「さっきの病院に戻るわけにもいかないし……。さっき来る時に見かけた宿屋に泊まるか?いや、俺この世界のお金持ってないから、それもダメだ。」


 ユウトはぶつぶつと呟きながら、これからどうすべきかを考えあぐねていた。そんなユウトの様子を見て、アリスはくすりと笑った。


「ふふっ、なーんだ。それでしたらご心配には及びませんよ、ユウト様。」


「?。どういうこと?」


 ユウトはアリスを見て言った。アリスは、再び胸を張って、答えた。そこには先ほどの恥じらいはなかった。












「ユウト様のお部屋なら、既に私の方でご用意しております!」


「一緒に王宮へと参りましょう!」







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