第5話 謁見
ベルは憲兵団の庁舎を背にして、ユウト達に言った。
「じゃ、あたしは仕事に戻るね!」
「お勤め、頑張ってくださいね。ベル。」
「ありがとっ、アリス!また会おうね、ユウト。」
「う、うん。また。」
ベルは、ユウトを見ていたずらっぽく微笑んだ。彼女の褐色の肌、美しい銀色の髪は魅力的だった。そして、ユウトより一つ年上であるはずの彼女が時折見せる「少女」のような純真さは、ユウトの心をきゅっと刺激した。
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「では、私たちも参りましょうか!ユウト様。」
「え、えっと。参るって言うのはどこに?」
「このまま、少し歩いた先にエントラム城がございます。そこで、この国の王であるソーラ・メオレア様に拝謁し、"転移者"についてより詳しい話を致しましょう。」
国王。この国を治める主。その単語を聞いて、ユウトの心に不安が充満した。国王と聞いて思い浮かべるのは、「威厳のある、立派な髭をたくわえた、質実剛健な男性」だ。
もし、国王が厳格で恐ろしい人物だったら、どうしよう。アリスやベルは自分のことを「転移者」と呼ぶが、自分にはその自覚は全くない。
色々話して、もし「転移者」ではないことが分かったら、自分はどうなるのだろうか……。そう考えるユウトの頭の中に、一つの疑問が生まれた。
メオレアという名前。
「ソーラ、メオレア……?」
アリスは優しく微笑んで、そして、どこか誇らしげに答えた。
「はい、ソーラ・メオレア様です。」
「私、アリス・メオレアの姉でございます!」
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2人はエントラム城の城門に到着した。その石造りの巨大で荘厳な「城」は、ただ静かにそこに聳え立っていた。
憲兵団の庁舎からは、歩いて10分くらいだった。エントラム城は、市場を歩いていた時から視界の向こうに微かに見えていたが、近くで見ると想像よりも大きく、ユウトはその迫力に圧倒されそうになった。
尖ったいくつもの巨大な石造りの塔。その屋根は薄い紺色で塗られ、荘厳さを引き立たせている。それらと共に、侵入者を1人も寄せ付けないであろう、堅牢そうな灰色の城壁が城全体を囲んでいる。20mほどの城門の前に2人は立っていた。
「シンテット!いますか?」
アリスの涼やかな声が、城門の周りにこだまする。ユウトが見る限り、城門の前に誰もいなかった。
「アリス……?」
しかし、それから3秒ほど経った後、目を疑うような光景を目撃した。目の前の城門の隙間から、すぅっと何か半透明の影のようなものが出てきたかと思うと、その影はだんだんと色を帯び、形を成し、最終的に先程病院で会ったメイド、シンテットの姿に変化したのだ。
「え、えッ!え?」
ユウトは目を疑った。病院から城に来るまで色々と不思議なものを見たが、今見た「あまりに非現実的な現象」はユウトの脳内をとにかく撹乱させた。
「ア、アリス、今のは……」
ユウトを驚かせることができて嬉しかったのか、アリスはくすっと笑って、答えた。
「ユウト様は"魔法"を見るのは初めてでしたね。」
「ま、魔法!?」
「今のは、パルスーンという透過の魔法ですよ。詳しいことは、また後ほど。」
(やっぱり魔法まであるのか、この世界は……)
異世界に来たという時点で薄々感じてはいたが、やはりこの世界にも「魔法」という概念があるという事実が、ユウトの脳内を激しく困惑させた。
影から変化したシンテットは姿勢を正した。シンテットの長く艶のある黒髪が揺れる。綺麗に背筋を伸ばし、凛とした佇まいで立つ姿は、清廉かつ落ち着いた大人の女性の色香を放っていた。アリスには及ばないが、シンテットもまた美しかった。
シンテットは2人に言った。
「お待ちしておりました。アリス様。ユウト様。国王陛下がお待ちです。謁見の間に参りましょう。」
シンテットがパチンと指を鳴らすと、20mほどの大きな城門が地鳴りのような音を立てながら、ゆっくりと開いた。ユウトは本来であれば驚くところであったが、先程の摩訶不思議な現象に比べれば些細なことだと思えてしまったという事実が、徐々にこの異世界に順応してきていることの紛れもない証拠だった。
(段々、麻痺してきているな、俺……)
シンテットに連れられ、城門をくぐる。その先には、中央に大きな噴水がある広大な庭が広がっていた。おそらく、城の中庭だろう。その更に奥に、城の内部への入り口のような大きな扉が見える。
中庭には、石畳が正確に美しく敷かれている。そして、石畳と精密に調和するように、この世界の「植物」が至る所に植えられていた。
扉に向かって中庭の石畳を進んでいく中で、可愛らしい花壇が目についた。カーネーションやマリーゴールドなどのユウトが知っている花によく似ている花が、そこには美しく咲き誇っていた。ユウトには、そのどれもが生き生きと見え、どこかユウトの来訪を歓迎しているように思えた。
花々は、普段からよく手入れされているようだった。
「花、綺麗だね。」
ユウトが思わず呟くと、アリスは嬉しそうににこっと笑った。
「ふふ。はい!とても綺麗ですよね。ユウト様。」
アリスと目を合わせて、ユウトも微笑んだ。
「何かを見て綺麗だと思う感情」、それは人が持つ何よりも大切な感情。
ユウトは、それをアリスと共有できたことが、なぜか無性に嬉しかった。
中庭を抜けると、再び大きな扉があった。その扉から3人は城の内部に入った。内部に入ると、おそらくエントランスなのだろうか、広くて開放的な空間に出た。城の中は、石の重厚感に満ち溢れ、「荘厳」という単語だけでは言い表せない神聖な雰囲気を放っていた。
そして、とにかく広大だった。もし、シンテットやアリスとはぐれてしまったら、ユウトは1人でこの城を出ることは不可能だろう。そう思わせるくらい城の中は複雑な形をしており、部屋や階段が無数に存在していた。
シンテットはスイスイと歩き、階段を登っていく。2人もそれについて行く。階段を3フロア分くらい登ったところで、際立って重厚で大きな扉が見えた。
他の扉よりも装飾や色付けが丁寧にされており、扉の先が何か「特別な空間」であることは初めて城に来たユウトにも想像がついた。メイドであるシンテットは入らないのか、扉の脇にさっと控えている。
アリスが言った。
「この先が"謁見の間"でございます。中には、国王陛下と士族の皆様がお待ちかと思います。」
ユウトは再び緊張した。ただの高校生の自分が、さっきこの世界に来たばかりの人間が、今から「国王」と会おうとしている。そう考えると、肺が締め付けられるような強い緊張を感じるのは無理もなかった。
その様子を察したのか、アリスは咄嗟に、ユウトの右手を優しく握った。彼女の指は、しなやかで美しく、ちょっと力を入れたら壊れてしまうのではないかと思うほど、華奢で繊細だった。そして、温かく、柔らかかった。
「えっ……」
ユウトは突然のことに驚いて、アリスを見る。
「大丈夫ですよ、ユウト様。このアリスが、貴方様のお側についていますからね。」
アリスは、白く透き通るような美しい肌を少しピンクに染めながら、ユウトをじっと見つめて、鈴のように美しい声で呟いた。ユウトは、握られた手から感じる彼女の優しい「体温」が自分の「体温」とゆっくりと混ざり合うような、不思議な感覚に陥った。
彼女の美しさに当てられた心臓が、どくどくと波打って音を鳴らしている。このうるさい音は、握られた手を通じてアリスには聞こえていないだろうか。ユウトは少し心配になった。しかし、彼女のおかげで多少リラックスできたのか、ユウトの緊張は弱まっていた。
「参りましょう。」
アリスが言った。
それと同時に、脇に控えていたシンテットが「謁見の間」の扉を開けた。
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