【俺はどうやら後輩から好かれていないらしい】

 灯明に『自分の人生を小説に書いてみな』という提案を受けてから数年が経過した。

 数ヶ月前にちょっとしたきっかけがあって書く気になったものの、結局今になってこれを書いている。

 書き始めたのはいいものの……いったい何を書けばいいんだ?

 ……とりあえず灯明も言っていたグルメものでも書いてみるか。

 しかし、語彙力の無いおっさんが1人で飯を食いに行くだけの小説がいったいどこの層に需要があるのやら。

 ……そうだ。どうせなら誰かも連れて行こう。あわよくば女性と飯を食いに行きたい。

 そう考えた俺は職場の女の子を飯に誘うことにした。



※※※※※※※※※※



「あのさ」


 日の光も差さない監獄のような職場。機械がガシャガシャと忙しく動くなかで、俺は後輩の彩香さやかさんに声をかけた。


「はい? どうしたんですか?」


 俺に話しかけられた彩香さんは気だるそうに俺を見つめる。

 自分で言うのもなんだが、俺は普通の男とは違うらしい。良い意味でも悪い意味でも。彩香さんも新入社員だった当初は、なんかこの人おもしろそう、って感じで俺と接していたが、今その彼女の瞳には期待の色はない。

 ま、まぁ、交代制の工場勤務ってのもあるし? きっとその疲れが出ているのだろう。

 俺に飽きたわけじゃないはずだ。


「次の土曜日なんだけど一緒にうどんを食べに行かない?」


「うどん? 2人きり?」


「うん」


「無理」


 おおっと、あまりにも早すぎる即答。俺じゃなかったら聞き逃しちゃってたね。


「次の土曜日なのですが、一緒にうどんを食べに行きませんか?」


「無理って言ったじゃん。丁寧に言い直したって変わらないから」


 彩香さんの冷たい言葉の数々に俺の心の中で飼っているちい○わが震え始める。


「ど、どうして?」


 自分の声も震えている。

 マズイな……心の中のちい○わが心の中だけに留まらずに表面にまで出ようとしてやがる。


「女の子と遊ばない四季くんは知らないかもしれないけど、女の子って1、2ヶ月先の予定は詰まってるもんなんよ。3日後に予定入れたいとか、いつも暇している四季くんと違って私は暇じゃないわけ」


「ウッ……わ、わっ……」


「あと、四季くんと2人で歩いているところを会社の人に見られて付き合ってるって噂なんかされたらもう最悪」


「わっ! わっ!」


「四季くんにはほんっとうに申し訳ないんだけどなんなら会社の人だけじゃなく、赤の他人にもそういうふうに見られたくない」


「ワァーッ! ヤダーッ!」



※※※※※※※※※※



「よっしゃ! 着いたぞ!」


「いやいや! 待て待て待て! この展開の流れで私はここに連れて来られたのか⁈」


 俺と灯明が来ているのは香川県観音寺市にある、とあるうどん屋だ。

 国道や県道に面していない住宅街の中にお店はあり、場所は少し分かりづらいかもしれないが、しかしこの店、香川県にあるうどん屋の中でもトップレベルに美味い。(あくまで作者本人の感想です)

 しかも他の店と比べて待機列が短いのですぐに食べれる。

 待機列の短さは他のお店よりも劣っているというわけではなく、この店がネットのサイトに余り載っていないからであり、地元民や知る人ぞ知る名店なので開店2時間を経たずとして麺が切れてしまうことがあるので、行く際はぜひお早めに。

 ん? 店名が分からないと行けないって?

 ……まぁ、お店のアポも無しで勝手に紹介しているので、お店側から怒られると怖いから、俺が書いていく情報を元に推測して行ってくれ。


「――い。おーい! チッ! 私の話を聞けや!」


「いでぇ⁈」


 灯明にケツを思いっきり蹴られ、俺はケツを押さえ込みながら倒れそうになる――が、なんとか踏ん張りそれを回避する。

 よく頑張った俺。行きつけのお店で女の子にケツを蹴られて倒れるという醜態を晒さずに済んだ。


「いったいなぁ……何すんだよ?」


「お前がずっと私のこと無視するからだろ! うどん食いに行くぞって誘われて、車に乗るなり新しい小説を書いているから読んでくれってスマホ渡されて……で? 会社の女の子に断られたから私を誘ったと? 女の子だったら誰でもいいのかよ、お前最低だな」


「待ってくれ。それは勘違いだ。お前だけじゃなくて男友人周りもみんな誘ったよ。でもな、俺らってもうアラサーなんだ。ノリで当日とかに予定立てていた20前後の若さはみんなもう無いわけなのさ。3日前に予定入れようとして空いていたのはお前だけだったんだよ」


「言っとくけど私だって予定がいつもスッカスッカなわけじゃないからな。今日はたまたま空いてただけで、いつもは詰まっているから。なんなら今日来てやったことに感謝しろよな」


「感謝って……ここ俺の奢りなんだけど?」


「そりゃ、そっちが誘ってきたからな?」


「そんな当たり前みたいに……ならこっちも言わしてもらうけど、そっちがこうやって俺と飯に行くのは当然と言えば当然だからな。そもそもお前が俺の小説を書けって言い出したんだからさ。協力するべきだろ」


「何年前の話だよ、すっかり忘れてたわ。ていうか、それを理由ダシに私と飯に行きたいだけじゃねぇの?」


「いや、それはない。灯明に連絡を取ったのは最後だし、最終手段って感じだった」


「……そういやぁ、私のことプロローグでボロクソに書いていたな。頭がおかしいとか顔だけいいとか」


「こんな駐車場でだらだら駄弁ってないで食いに入ろうぜ」


「あっ、おいっ! 逃げるなよ!」


 俺の後ろで灯明が何かをほざいているが、それをお構いなしに俺はうどん屋に入る。

 普段なら店の外に7、8人出るほどの人が並んでいるが、開店時間直後の11時8分というのもあって、俺たちはすぐに店主さんにうどんを注文することができた。

 この店の推しは味噌豚を使ったうどん……なのだが、俺はこの店で1番好きなぶっかけうどんを注文し、灯明はかけうどんを注文。

 店主さんがすぐに俺たちの盆にうどんを置いて、俺は会計を済ませる。

 ぶっかけうどん330円とかけうどん260円の計590円。安い。安すぎる。

 この店に限らず香川県のうどん屋はどうかしてる。

 どこかとは言わないが、名物をうたって明らかにぼったくりといっても過言ではない高値で飯を提供するところがあるなかで、観光資源であるうどんをワンコインで提供できることのなんと素晴らしいことか。

 俺と灯明は2人がけのテーブル席に座り、そんな感謝に浸りながら手を合わせる。


「「いただきます」」


 俺は備え付けのレモンをうどんに満遍なく絞り、とろろとうどんを軽く混ぜ合わせる。

 あれ? お前が頼んだのってただのぶっかけうどんじゃなかったの? と勘の良い読者はここで疑問に思ったであろう。

 なんとこの店、ぶっかけうどんにデフォルトでレモンととろろ芋と刻み海苔が付いてくるのである。

 実質とろろぶっかけうどんなのだが、それがなんとさっきも記述した通り330円。なんてコスパのいいことか。

 俺はうどんを3本ほど持ち上げ、一気に啜る。

 綺麗な四角い麺ではない、斜めに曲がりの入ったちぢれ麺ならぬちぢれうどん。

 この店の麺は太麺というわけではないが、かなりの歯ごえたえがある。俗に言うコシだ。コシがある、って言葉を本当に体現していると思うので、他県の人でコシのあるうどんを食べたいって人はマジでオススメだ。店名は言えないけど。

 それにぶっかけ特有の甘めの汁がとろろとレモンと美味い具合に調和されてさっぱりとしていて、最後まで飽きずに食べ切ることが出来る。

 俺は2分と経たずにぶっかけうどんを平げ、満足感の余韻に浸りながらここに初めて来た時のことを思い出していた。

 ここに初めてきたのは弟と一緒にうどん巡りをした時の3店舗目だった。

 うどん巡りをしたことのある人なら共感してもらえると思うが、しょうみ楽しんで美味しくうどんを食べれるのはせいぜい2店舗目ぐらいだ。

 3店舗目からになると、うどんに対する飽きと満腹感のせいで心からうどんを楽しめない。

 しかし、このうどん屋はうどん巡りの3店舗目に来店したというのに関わらず、凄く美味いと感じた。

 あの時の衝撃は今でも忘れられない。

 今後うどん巡りをする人にこれだけは言っておく。3店舗目、4店舗目に行ったうどん屋が美味しいと感じたならそのお店は間違いなく大当たりのお店だ。

 ……長々とした独り言、回想を挟んだというのに、未だに灯明はかけうどんの3分の1ほどしか食べていない。

 いや、まぁ、食べるスピードなんて人それぞれだし、なんなら早い方が遅い方に合わせろって話なんだが……。

 灯明はうどんを1本だけ持ち上げて口元に移し、スルスルと音を立てずにうどんを啜る。

 そして、小さな口をもにゅもにゅと動かしながら幸せそうな表情を浮かべた。

 ……本当に顔だけはいいな、こいつ。


「あのさ、食べてる人の顔をジロジロと見るのやめな」


「あっ、いやっ、小説に書くからどういう顔して食べてるんだろうって思って」


「小説を言い訳に使うなよ。可愛い私の顔を眺めていたいってはっきりと言えや」


 ……か〜っ、本当に顔以外は可愛くねぇなぁ、コイツ。


「眺めてたいとかそんなこと思ってねぇよ……っていうか、黙々と食べていないでなんか味の感想を言えよ」


「味の感想? 普通に美味いよ」


「いや……それは分かっているから、もっと詳しく」


「もっと詳しく? あー……生命の躍動を感じる……みたいな?」


 おーん……どうやら俺はとんでもない人選ミスを犯してしまったらしい。

 なんだ生命の躍動を感じるって。こいつの頭の中では出汁に使われているイリコでも飛び跳ねてんのか?


「お前あとで書いた小説読ませろよ。また私のことボロクソに書いてたらタバコで根性焼きしてやるからな」


「それ普通に問題発言だぞ。ていうかお前いつからタバコを吸いはじめたんだよ」


「バカ、吸ってねぇよ。根性焼きするためだけにタバコを買うんだよ」


「え……怖っ……線香とか蝋燭とかでいいはずなのに、わざわざタバコを選ぶところにニコチンとタールで炙らなきゃって使命感を感じる」


「高い銘柄と安い銘柄、どっちで炙られたい?」


「炙られないって選択肢はないんすかね? あと、高い銘柄と安い銘柄ってなんだよ。やっぱ高い銘柄だと炙られ心地が違うわ〜……ってなるわけないだろ!」


「あ? さっきから何言ってんの? おもんな」


「……」


 あれ? 俺ってなんでこいつと一緒にいるんだっけ?

 なんか急に目からゴミを除去する機能が働き出したが、急にどうしたんだろう?

 ていうか、グルメものの終盤ってほんわかする感じで終わるんじゃないの?

 このままだと主人公がタバコで根性焼きENDで終わるんだけど?


「……俺やっぱグルメ小説は向いてないかも」


「まだ書いてないだろ。書く前から決めつけんなよ」


 書いている自分の力量もあるけど、半分はこの展開を作ったお前のせいでもあるけどな――という言葉は言ったら面倒なことになりそうなので飲み込んだ。

 うどんを食べ終わった俺たちはその後、帰りに寄った道の駅でアイスを食べて、特に何かあるわけでもなく、地元に帰り、そのまま各々の帰路についた。

 いや、別に何かを期待していたわけではないけどな?

 こうして俺の1回目の実録小説は幕を下ろした。


 追記

 帰りに寄ったコンビニで灯明がタバコを買っていた。

 本当に根性焼きをされるのかとビビったが、どうやら灯明は俺をびびらすためだけにタバコを購入したらしい。

 タバコを吸わない灯明は「いらないからやる」と俺にタバコを渡してきたが……いや、俺も吸わないんだが?

 ていうか、俺をびびらすためだけにタバコを買う金があるならうどん代を払えよ。

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理解出来ないこの感情に誰かが名前をくれるとするならば 米屋 四季 @nagoriyuki

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