理解出来ないこの感情に誰かが名前をくれるとするならば
米屋 四季
プロローグ【小説大賞に落ちたゴミクズの人生をここに書く】
俺が書いた小説がネット小説大賞の2次選考で落ちた。
それに対して俺が思うことは、「まあ、でしょうね」だ。
自分の書いた小説が2次選考を通った作品よりも優れているだなんて思い上がりも甚だしいし、最終選考まで残るわけがないと思っていたので悲しいとか辛いとか微塵も思わない。
……めっちゃ嘘を吐いた。正直なことを言うとかなり凹んでる。
1次選考は応募数1万越えの中の1割か2割が通過していたらしく、どっかのSNSで【1次選考を通過しただけでも凄いことなので、1次選考を通過した人はエタらず自信を持って書き続けてください!】なんてコメントを見かけたが、俺はそう簡単にこの気持ちを割り切ることは出来なかった。
別に小説家になりたいと思っていないし、なんならなれるとも思っていなかったが……今回の小説のコンテストに作品を応募したのは、何かしらの結果を出して自分がやり続けている
でも、結局は2次選考落ちだ。なんとも中途半端だ。
人によっちゃあ悪く聞こえるかもしれないけど、どうせなら1次選考で落ちたかった。
お前のやっている
「はぁ……」
深いため息を吐きながら、ベッドボタンを押し、レバーを叩き、3つのボタンを左から適当に押していく。
コインが数枚ほど排出され、俺は再びため息を吐いて、同じ手順を繰り返す。
俺が何をしているのかなんて記述しなくても分かる人には分かるし、わざわざ書く必要なんてない。
なんなら分かる人には、そんなことしているから2次選考に落ちるんだろ、とか思われているかもしれないけど……全くもってその通りだ。
「当たってんのに何ため息吐いてんの? いらないならそれ全部寄越せよ」
物乞いみたいなことを山賊みたいな勢いで言ってきた隣に座っている奴に俺は目を向ける。
そこには友人である
言葉遣い、行動、それらを文章だけで見るなら読者は灯明を横暴な男だと想像するだろうが、こいつはれっきとした女だ。しかも、どちゃくそに顔がいい。
身長151cmと小柄で、スタイルは身長にあった控えな体型であり、顔も小さくてそこらのアイドルぐらいだったらそれこそ文字通り顔負けの……あー、これ以上はやめておこう。これを灯明が読んだ時に彼女が調子に乗るのが気に食わない。……いや、こいつだったら引いた顔して「お前キッショ」とか言ってきそうだな。
まぁ、なんにせよ。俺の友人である無職 灯明は見た目は可愛い女の子だ。そう、見た目だけは。
安心してくれ読者よ。わざわざ物語冒頭で可愛い友人がいますアピールをするほど俺はアホな男じゃない。
灯明は前述した可愛さを帳消し、いや、むしろマイナスにするほどに性格が終わっている。
それこそ、「女は性格よりも顔だろ?」なんてぬかす奴も灯明とちょっと関わっただけですぐに関係を断ち切るほどには。
「からサーで溶かした3万が奇跡的に戻りつつあるんだ。やるわけないだろバーカ。つーかそっちも当たってんだろ……って、え? 11連もしてんの? プラスなんぼ?」
「ざっと4万ぐらいはプラス。はっはっはっ。私はお前みたいなヒキ弱クソ童貞とは違うんでね」
「今クソ童貞は関係なくない? ……ていうか、何その打ち方?」
スロットの打ち方なんて人それぞれだ。だけど、灯明が今している打ち方は明らかにおかしかった。
いつもは特筆することもないような普通の打ち方をするくせに、今の灯明はレバーを撫でるように優しく叩き、ボタンも触れているのか分からないぐらいのソフトタッチで押している。
もしかしてこいつ……負けている俺のことを煽っているのか?
「あっ、これ? 隣のおっさんがリールとかボタンを殴ったりしてるから、そんなことをしなくても当たるよーってのを私が教えてやってんの」
予想にもしてなかった返答に俺は腹から喉にかけてヒュッと空気が一気に通過していく感覚に陥った。
しかもコソコソと俺にだけ聞こえる声というわけではなく、灯明は隣のおっさんにも聞こえるであろう大声であれを言ったのだ。
あぁ、ヤバいって。今の絶対に隣のおっさんにも聞こえてるよな。本当にこいつ頭イカれてんな。あっ、ヤベ……。おっさんと目が合っちまった……。
「お、おい。お前、バカ。ほんと、お前……」
「強い振動を与えれば中で設定が変わると思ってんだろうな。変わるわけねぇつーの。絶対にこいつ職場とか家庭内で暴力ふるってるだろ。あ、まず結婚なんかしてないか。感情を抑制出来ない精神がガキのまんまで止まってる奴が結婚なんて出来ねーよな。つーかイライラすんならわざわざこんなとこ来んなよ。ほんと訳わかんねー」
おっさんと目が合って動揺してあたふたしている俺と違い、俺とおっさんの間にいる灯明はケラケラと笑いながら隣のおっさんを煽りまくる。声のボリュームも先程とは変わらない。なんならさっきよりも大きいくらいだ。
本当にどういう神経してんだこいつ?
たまにだが、灯明とつるんでて後悔する時がある。今がまさにそれだ。
あー、どう収拾つけるんだよこれ? ていうか、なんでおっさんは灯明じゃなくて俺をずっと睨んでいるわけ? なんなの? 俺が代わりに謝ればいいの? 俺は
そんなことを考えていると、おっさんが急に席を立った。
俺はすぐにおっさんから目を逸らし、何事もなかったかのように再びスロットを打ち始める。
おっさんは灯明の後ろを通り過ぎ、俺の後ろへ――そしてそのまま何事も無く、おっさんは去って行った。
俺はほっと胸を撫で下ろす。
灯明が馬鹿なこと言ってから3分もないような少しの時間だったが……全く生きた心地がしなかった。
「あんな奴に何ビビってんのお前?」
おっさんを怒らせた当の本人である灯明はあっけらかんとしている。
そもそも俺がこんな心境に陥っているのはお前のせいなんだが?
「さっきのおっさんは台パンするような頭おかしい人間だぞ。怒りの矛先が俺らに向いて殴られたりしたらどうするんだよ?」
「先に手を出したほうが悪いんだし殴らせとけばいいじゃん」
「俺らが何もしてなかったらな。だけどお前は煽っただろ……」
「あのさ、私が言ったことって間違いだった? 台を殴られたら店員さんだって困るし、周りで打っている人も不快な気持ちになる。そんな迷惑客を移動させたんだから感謝してほしいぐらいなんだけど?」
「それがもし本当に正しいことだったとしても、言わない方がいいことはある。少しは考えて喋った方がいい」
「チッ。うるさいな。私だってちゃんと考えてものを言ってるっての。おっさんの皿にコインが少ないのが見えた。天井がある台なら追加投資はあり得るけど、この台は天井の無い底なし沼。ただでさえイラついているのに隣の奴は気分を害してくるしで、ここいらでキリがいいから移動しますか、って作戦よ。ほらな? ちゃんと考えてる」
「いや、そういう考えじゃなくて……あぁ、もういいや。お前はいつか絶対に痛い目見るよ」
「ん。私もそう思うよ」
俺たちの会話はそこで終了し、また互いに黙々とスロットを打ち始める。
俺らが打っている台は当たっている時以外の通常時は静かな台なので、会話をしないとコインを入れる音と始動音、リールの停止音しか鳴らないなんとも寂しい空間になる。
まぁ、ちょっと離れた場所からは賑やかな音が鳴ってはいるんだけどもな。
そうして2人とも当たらないまま100ゲームぐらい回ったところで、灯明が口を開いた。
「ところで、さっきは何をため息吐いていたわけ?」
「え? ため息? いつ?」
「当たってる時に吐いてた。その時にも指摘したけどお前が余計なこと話して話が逸れたんだよ」
「あー、あれか。……いや、俺が余計なことって言うけど、灯明が俺の取り分を全部寄越せって言うから話が――」
「また話が逸れてる。まずは聞かれたことに答えなよ。四季の悪いところだよ、それ」
「……」
話が長い。余計なことを言う。会話のテンポが合わない。
今まで色々な人から言われてきたこれらのことに対し、反省しないとなーとは思いつつも、
だけど、またこれを言っちゃうと「ハイ、また余計なことを言ったー」と灯明に煽られるので、俺はため息を吐いていた理由を率直に答えることにした。
「小説のことでちょっとな」
「小説? ……ああ、あのコンテストに落ちた小説ね。落ちた時は気にしてないとか言ってたのにめっちゃ引きずってんじゃん」
「ぐっ……落ちた時は本当に気にしてなかったんだよ。でも、時間が経ってから考える時間が増えてくると色々と思うところがあってだな……」
「ふーん。私もネットで全部読んでみたけど、なんつーかあれだよな。四季のやりたいことと実力が見合っていなかったって感じがした」
「ぐあっ……」
「実際に読者にも読ませる小説を物語の登場人物にも読ませる設定は面白いと思う。プロの人が同じ設定で書いたらもっと面白いものが出来てただろうね」
「ぐぬぬっ……」
「せっかく奇抜な設定で書いているんだからさぁ、その設定をさらに面白く引き立たせる登場人物を書けば良かったのに。共感できるにせよ、共感できないにせよ、そのキャラクターのこれからを見たいと思わせるような、読者に好かれるような――」
「あー! 分かった分かった! ……いや、言われなくたって最初から分かってる。自分の小説には山ほど欠点があることなんてさ。でもな……言われたから出来るような簡単な話じゃないんだよ、これが」
灯明が口を開く度に心にダメージが入り、何もかもが嫌になった俺はスロットを打つ手を止め、背もたれにもたれかかる。
あー、もう、本当に最悪だ。言われて嫌なこと言われるし、プラマイゼロになりそうだった収拾はまたマイナスになりつつあるし……。
ていうか、灯明の指摘が具体的なのがいけないんだよな。なんか面白くなかったわー、ぐらいの抽象的な感想だったら大して傷付かないが、的確なことを言われるとぐうの音も出なくなる。
灯明は性格が悪く、頭がおかしいが、頭が悪いわけではない。
ん? 頭がおかしいが、頭が悪くない? 自分で書いておいて凄く引っ掛かる文章だなこれ。まぁ、いっか。
俺らが高校生の頃、数学が2教科あったが、その2教科のテストを灯明はどっちとも赤点をとった。
俺らの通っていた高校は進学校だったので、赤点を2教科もとった灯明は先生との1対1での補修を1週間も受けたのだが……
やろうとしないだけで、やれば出来る。灯明はそういう人間だ。そういう人間だから、やろうと思っても出来ない奴の気持ちが理解出来ない。
出来ないのは頑張っていないから。それを灯明は平然と口にする。
灯明の性格が悪いと思われている一因はそういうところだ。
「日中を頭空っぽにして過ごしているような奴が恋愛観だとか、人生観だとか、そんな真面目なもん書けるわけないでしょ」
「ちゃらんぽらんに生きてるようで、俺ってけっこう色々なことを考えながら生きてるっつーの」
「知ってるよ。だからこそ、四季は何も考えないように生きてる。考えれば考えるほどしんどいから。……だから、現実から目を逸らして生きてる」
「お、おぉっ。なんだよ、急に……」
似たようなことを昔にも言われたことがあった。その時にそれを言ったのは灯明ではなかったが。
それを不意に言われた俺はびっくりして灯明の方に目を向ける。
灯明はスロットを打つ手を止めて俺のことを見つめていた。
……あぁ、
どうしてか悲しそうな、憐んでいるような――そんな目を俺に向けて。
「しんどくないの?」
「何がだよ?」
「それだよ、それ」
「それって……だから何がだよ?」
「ほら、分からないフリしてる。いや、本当に分かってないのか? だとしても、少し考えれば分かることだから、やっぱり無理矢理頭空っぽにして生きてんだろうね」
「……」
俺は黙った。
何も言えなかった――じゃなくて、あえて何も言わなかった。
怒っているから黙っているわけじゃなく、このまま会話を続けたら思い出したくないことを思い出してしまいそうで怖かったからだ。
俺はいったん灯明から離れるために、椅子の肘置きに手をかけて立ち上がろうとする。
しかし、一歩遅かった。
「自分のことを小説に書いてみな」
灯明が言ったそれを聞かなかったことにしたかった。
でも、聞かなかったことには出来なかった。
自分のことを小説に書く――それもまた灯明ではない違う奴に言われた言葉だった。
……まぁ、今はこの話はどうでもいいか。
「は? 自分? 自分って、
「違うよ。
「なんの面白みのない俺の人生を? 小説に?」
「実際に体験したことや行ったことを小説にしたら? よく出掛けてるし、わけわからない廃墟とか心霊スポットにだって行ってるし」
「よく周りから勘違いされてるけど、好きで心霊スポットに行ってるわけじゃないからな。それに心霊スポットに行って体験したことを書いたところで作り話だと思われて馬鹿にされて終わりだ」
「それじゃあグルメは? うどん屋とか道の駅とか。よくツーリングにも行ってるし旅小説もいいかもな」
「グルメね……アラサーのおっさんが飯を食いながら頭の中で1人ごとを呟く小説のどこの誰に需要があるんだか」
「おっ? なんだなんだ? だいたいのグルメ作品を否定する気か?」
「否定する気はないっての。あれは食事をする主人公のキャラが立ってて、美味しそうに食べる描写が唆られるから成り立ってんだ。そんな文章力は俺には無い」
「それじゃあ、ただの日常系とか」
「だから最初に言っただろ。なんの面白みのない一般ピーポーの人生を書いたところで誰も楽しんではくれねぇよ」
「面白いか面白くないかはともかく、四季は頭がおかしいから誰かしらは楽しんでくれるんじゃね?」
「え? 俺って頭おかしいやつに頭おかしいって思われてんの?」
「あ?」
「んー、いや、なんでもない……」
「てかさ、私から言わして貰えば、四季はプロじゃないんだから好き勝手にやればいいじゃんって話よ。面白いとか楽しんでくれるとか、そんなこと考えずに書けって」
「そんなことしたって意味なんて無いだろ。意味が無いことに使う時間なんて俺には――」
「意味ならある」
灯明のハッキリとした声に俺が言いかけていた言葉は掻き消され、続くはずだった言葉は止められた。
どうしてか灯明は自信ありげな不敵な笑みを浮かべている。
「お前自身を小説に書いて、米屋 四季って人間を誰かに理解して貰うんだよ。そうやって誰かに形作ってもらわないとお前はいつか壊れるよ」
「……何を言ってんだ?」
「お前ってさ、情緒不安定では片付けられないほど感情の起伏が激しいじゃん。それこそまさに、人が違うって言葉がぴったり当てはまるぐらいに」
……本当に意味が分からない。
本当に……分からない。
「そんなに言うほど情緒不安定じゃないだろ」
「まぁまぁ、あーだこーだ言う前にいっぺん書いてみなって。取り繕うことはするなよ。ありのままのお前を書くんだ。誰かに嫌なこと言われて書くのが辛くなったらそこで辞めたらいいし」
「嫌だよ。そんなわざわざ自分から傷付くようなこと……」
「バーカ。自分のことを知ってもらうためにみんなそうやって生きてるんだよ。そうやって本当の自分を誰かに受け入れてもらって、本当の自分を愛せるようになっていくんだ。それなのにお前は誰にも嫌われたくないからって色々な人間に合わせて色々な顔を使って、それで本当の自分っていったい何だろうってウジウジ悩んで……あ〜、なんかイライラしてきたわ」
そう言うや否や灯明は片付けをして、勢いよく席を立った。
俺は誰にも合わせてないし、誰からも嫌われてもいいし、ウジウジ悩んでないし、とさっき灯明が言ったことに対して反論したいことが山ほどあったけど……イラついてる灯明に反論すると面倒なので俺はそれを胸に押し留めた。
「違う台に移動するのか?」
「んにゃ、もう帰るわ。このまま続けるとせっかくの勝ち分が消えそうだしさ。そっちは?」
「まだ続ける。プラマイゼロになるまで」
「閉店時間まで帰れねぇやつじゃん。まっ、がんばれ。私はこれでおいとましますわ」
台から離れた灯明はこちらを振り返ることなく手をひらひらと振りながら去っていく。
どっか晩飯に誘うとか、俺がいるからまだ打ち続けるって選択肢がないあたり、俺らの関係性って本当にドライだなぁと思いつつ、俺はそのままスロットを打ち続ける。
そうしてしばらく打ち続け――今日の最高投資額に舞い戻った俺はスロットを打つ手を止めて、灯明が言っていたある言葉を思い出していた。
一応念のために言っておくが、マイナスが膨らんできたから現実逃避をするために灯明の言葉を思い出しているわけではない。俺の1日の最高負け額は8万なので、これぐらいのマイナスはマイナスとは言えないし、なんならまだパチ屋は閉まっていないので俺は負けているわけではなく勝ちの途中を歩んでいるというかなんというか……。
ちょっとした説明はこれぐらいにしておき、俺が思い出している灯明のある言葉ってのは『自分のことを小説に書いてみな』だ。
書く気なんてさらさら無い。昔にも言われたことがあったと先述したが、その時も同じことを思った。
[自分自身を小説に書いてみなよ。シキの人生をさ]
ありえるはずのない声がどこからか聞こえ、俺は後ろを振り返る。
そこには通路を挟んで俺と同じようにスロットを打っている人しかいなくて、俺が期待していた人の姿はそこにはなかった。
……当然といえば当然だ。ありえるはずがないんだ。ここにいるはずがないんだ。だってそいつはもう数年も前にこの世から消えていなくなったのだから……。
思い出したくも無い記憶が蘇り、俺は片付けをして席を立つ。
自分の人生を書く気なんてない。その気持ちは変わらない。変わらないが……気が向いたら、本当に気が向いたらちょっとぐらいは書いてみてもいいかもしれない。少しだけそう思った。
それとどうでもいい話だが、俺はこの日、再びからサーに座ってさらに9万7千円負けた。
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