第45話 新たな時代
長年、毒に蝕まれたジリオン王の体はあまり回復することなく――革命から一年後、とうとう王の訃報を知らせる鐘が、王都中に鳴り響いた。
民は悲しみに暮れたが、王の死は同時に、新しい王の誕生を告げるものでもある。一年前までは誰もが王太子の廃位を望んでいたが、今では風向きが違っていた。リオネルがヴァルクを救いにグリムフォード砦に乗り込んだことは誰もが知る英雄譚で、彼の名で公表される新たな法律の数々は、どれも画期的なものだった。
しかし一方で、リオネルがこれまで政治を疎かにしたせいで、大勢の民衆が犠牲になったのだと恨みを抱く人間もいる。そういった者達は、エリアナ王女を次期王太子にと訴えていた。エリアナは民の復興を手助けするために慈善活動に勤しみ、よく人気を集めていた。
つまるところ国は今やリオネル派とエリアナ派に別れ、街角では論争が白熱するあまり暴動が起こるなど、新たな内乱の兆しさえ見せ始めていたのである。
そのため城門前広場に集まった人々は、いったいどちらが王として名を挙げるのか、固唾を呑んで待っていた。
そして――とうとう黒の喪服に身を包んだ二人が、城壁上に姿を見せた。リオネルの右にはヴァルクが、エリアナの左にはカイルと、それぞれの護衛騎士も立っていた。一時期はヴァルクとエリアナが結婚するのではないかとまことしやかに噂されていたが、最近では常に一緒にいるエリアナとカイルを噂する声のほうが大きくなっている。
だがこうして四人が並び立つと、エリアナの隣にもっともふさわしいのは、やはり兄であるリオネルかもしれないと人々は考えた。栗色の髪を結い上げたエリアナは清楚可憐な印象だが、その隣に立つリオネルは黄金の髪を持つ華やかな美しさで、二人は揃いの青い目をしていた。リオネル派、エリアナ派などと別れているものの、結局のところ大半の者達が、この兄妹に魅了されているのだった。
おまけに二人の背後に控えているのは、革命の英雄達である。国がこの一年で驚くほど活気を取り戻したのも、彼らへの期待が愛国心となって根付いたからに他ならなかった。
前に進み出たのは、黒衣に黒テンの毛皮のついたマントを羽織ったリオネルだった。
「今朝、我が父ジリオンが息を引き取った」
リオネルが静かに告げると、広場のあちこちですすり泣きのような声が聞こえた。
「父はこの国を守り導いてきた偉大な王であり、私もまた彼の息子として誇りに思う。その王たる父の遺言であり、最後の命令を皆に伝える」
リオネルは巻紙をヴァルクから受け取り、それを広げて読み上げた。
「『王が統べる時代は終わり、民がその手で未来を形作る時が来た。よってジリオン・アイゼン・レアを最後の国王とし、王政を廃止する』。以上」
広場はシンと静まりかえった。リオネルは巻紙を元通りに封をし、ヴァルクに渡した。
「私とエリアナも父の遺志を継ぎ、王にはならない。長い間、国民を苦しめたことはいくら謝っても許されることではない。だがもう二度と――能力のない権力者が、生まれを理由に人々を苦しめることはないと約束する」
リオネルが傍らにいるエリアナに視線を向ければ、彼女も頷いて前に進み出た。
「新政府の議員は国民の投票制で選ばれるものとし、世襲はありません。投票制度が整うまでの一年間、私と兄リオネルも現政府を支えていく予定ではありますが、城を明け渡し、王族ではなく一国民として生きていくつもりです」
「これまで我がアイゼン一族を支えていただいたこと、感謝する。どうか皆、最後の王たる父ジリオンの魂が安らかに眠れるよう、祈りを捧げていただきたい」
二人がお辞儀をすると、拍手がまばらに起こった。ほとんどの者達が、まだ王政廃止という事実を呑み込めないでいた。四人が城壁の上から立ち去っても、民衆達は広場から離れることさえできなかった。
そんな彼らの様子に、首を傾げたのは城門塔を出たリオネルだった。
「思ったより反応が鈍いな。もっと拍手喝采で喜ぶと思ったのに」
「お父様の訃報のせいでしょうか」
エリアナも不思議そうに言う。すると城門塔の前で控えていたジェラルドが溜め息をついた。
「革命直後なら喜んだでしょうが……これほどお二人の人気が高まっている今となっては、ショックのほうが大きいのでしょう。私も少なからずそうですよ。新王即位を楽しみにしていましたので」
「殿下もよくやるよなぁ。よりによって陛下の遺言だなんて嘘つくなんてさ」
警備隊長の鎧に身を包んだテオも、頭の後ろで腕を組みながら言う。最初は誰より王侯貴族を敵視していたテオだが、王政廃止という宣言に名残惜しげな顔をしていた。
ジリオンは、最期までリオネルが新王になると思っていた。「おまえに任せておけば安心だ」とまで言って息を引き取ったのだ。その父を裏切る真似は、リオネルにも心苦しいものはあった。
ヴァルクが苦笑する。
「王の命令と言われれば、誰も反論できないからな」
「合理的っちゃそうだけど、王の遺言だと偽って施行するのって普通に犯罪だろ。詐欺だか虚偽だか知らんけど」
カイルの意見に、リオネルは「まあね」と呟く。
「でも、ケイトは拍手してくれてたよ」
ヴァルクが「えっ」と声を上げる。
「殿下に毒を盛った、あの侍女が広場にいたんですか」
「うん。目が合った」
「捕らえます」
「彼女が牢に入るなら、僕もまた入らないと。詐欺だか虚偽だかで」
「殿下、それは」
「もう殿下じゃないよ」
「リ、リオネル……様」
「なんで様付けなの?」
リオネルが不貞腐れると、ヴァルクは赤くなった。カイルがうんざりしたように「やめてくれよ」と言った。
「イチャつくならよそでやれっつーの。ねえ、エリアナちゃん」
「あなたは少し、なれなれしいです」
「何、まだ機嫌悪いの? ベラはただの飲み友達だって言ったじゃん」
「わたくしには関係のない話です」
エリアナはすました顔で、城館のほうへ歩いて行く。カイルはその後を、ブツブツ文句を言いながら追いかけていった。
兵士が「テオさん」と慌てたように走ってくる。
「城門前で、一部の民衆が王政継続を訴えて暴れているのですが」
「ああ? ったくもー、しょうがねえな」
「私も行きましょう」
テオとジェラルドが慌ただしく走って行く。リオネルは大きく伸びをした。
「さてと。僕も新しい家でも探さないと。一年猶予があるって言っても、急には決められないからね」
「何も城まで出なくても……ここは殿下――リオネル様の生まれ育った家ではないですか」
「ただの国民が城に住んでるのはおかしいよ。といってもまあ……父上が所有していた邸宅はどれも城なんだけど」
さすがに王城ほど大きくはないが、これから移る領地の邸宅も城ではある。
「海が見えるところがいいな。それで新政府が落ちついたら、船で旅に出るんだ」
「……クリストバルみたいにですか?」
「そう」
「俺も、ついていっていいですか」
リオネルは「え…」と振り返った。緊張したように強張った顔をしている、ヴァルクに笑いかける。
「当たり前だよ。約束したじゃないか、昔」
「お……憶えてたんですか?」
「思い出したの。父上が亡くなる前に、剣術大会の話をしてて……」
リオネルは背中からトンと、甘えるようにヴァルクの胸板にもたれかかった。
「父上の記憶はほとんど……僕が十二歳の時のままで止まってたから」
「殿下……」
「殿下じゃない」
「……リオネル」
ヴァルクがぎゅうっと背後から抱きしめてきて、リオネルは息が止まりそうになった。
「俺の生涯を、あなたに捧げると誓います」
「……騎士が捧げるのは、剣だけでいいんだよ?」
「もらってくれないんですか」
寂しそうに耳元で言われ、リオネルは笑った。ヴァルクのすごいところは、これが人を騙す演技でも何でもなく、誠心誠意本心から言っているところだ。
王族でも王太子でもなく、ただのリオネル相手に……。
「僕……寂しがりで、甘えたがりなんだ」
「知ってます」
「だから本当に一生、離してあげないと思うんだけど」
「俺にとって、それ以上の幸せはありません」
本当になんで自分なんか……と未だに思う。でも、せっかく何よりも欲しい財宝が手の中にあるのに、わざわざそれを手放す理由なんかない。
リオネルは自分を抱きしめるヴァルクの腕に手を添えて「じゃあ…」と彼を見上げた。
「新しく住む家、一緒に決めよう? 君の家でもあるんだから」
「……はい!」
ヴァルクが心底嬉しそうに笑うので、リオネルもつられて微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます