第39話 処刑




 トリスティンがイソルテ軍に命令し、処刑の準備は大急ぎで進められた。人質全員が後ろ手に両手を縄で縛られて、砦の広場に引きずり出された。外はすでに夕暮れ時で、広場のあちこちでは篝火が灯されていた。


「ヴァルク!」


 正門の格子門の向こうに、カイルや自由騎士団の兵士達が集まっていた。リオネルを王都から連れて来たのは、どうやらカイルだったらしい。


「団長っ」

「くそっ、ここを開けやがれ!」


 皆、必死の形相で鉄の格子門を壊そうと剣を叩きつけたり、体当たりをしている。そんな自由騎士団の様子を、砦の窓や城壁の上から、イソルテ軍が見物していた。彼らにとって隣国の革命などあまり関係ないことだろうが、国に叛いた罪人達が裁かれる様は、彼らにとって一種のショーなのだろう。これから始まる斬首刑を、くつろいだ様子で笑いながら見下ろしている。


「団長……」


 ヴァルクの背後で、不安げな声が聞こえた。斬首のために横一列に跪かされた仲間達が、青ざめた顔で座っている。鎧は剥がされていたがヴァルクと違ってシャツとズボン姿で、特に怪我をしている様子もない。意味なく拷問されたのは、自分だけのようだ。


「大丈夫だ。きっと助かる」

「無理ですよ、もう」

「おれ達、処刑されるんだ……」

「ちくしょう、ディオニーめ」


 彼らが悔しそうに、城壁上の閲覧席を見上げる。そこにはリオネル、ディオニー、トリスティンがいた。イソルテ軍兵士に広場の石畳に跪かされ、ヴァルクはぼんやりとリオネルを見上げる。

 正面門は鉄の格子門で封じられている。おそらく裏門も同じだろう。二重門だったなんてジリオン王英雄譚の“グリムフォード砦の戦い”には出てこなかったから、あの後で増設されたものだったのかもしれない。情報収集に漏れがあった自分の落ち度だ。裏門の奇襲部隊が合図通りに動いていたとしても、敗北は決定していた。

 砦の中にはイソルテ軍、自由騎士団は砦の外。ここにいる信頼できる仲間は自分と同じく縄で縛られ、リオネルは――罪人を斬首するための剣を手に、静かに立ち上がるところだった。

 この状況で、助かる見込みがまるで浮かばない。たとえリオネルがあの剣で縄を切ってくれたとしても、敵に囲まれて逃げ場がない以上、どうすることもできない。

 最悪、リオネルだけでも逃がさないと――そもそも何だってあの方は、一人でこんな所にやって来たんだ。おとなしく王都にいてくれれば良かったのに。

 リオネルは城壁から石段を降りてくると、重そうな大剣を引き摺るようにして歩いてきた。そして、跪いたヴァルクの前に立つ。黄金の髪が陽に透けて輝き、風がふいて白いマントがはためくと、本当に天使の翼みたいだった。


「あれ、誰だ?」

「さあ……イソルテの貴族じゃないか」


 背後にいる仲間達が、不思議そうに呟くのが聞こえる。彼らは目の前にいるのが、自分達の王太子だと気づいていないらしい。


「……情けない姿」


 まったくもってその通りで、リオネルの容赦ない言葉はグサリと胸に突き刺さる。上半身は鞭打たれてボロボロで、ズボンだけで靴も履いていない。牢獄にいた時のリオネルより、ずっと悲惨な格好だった。


「わかる? 僕はすごく怒ってるんだ」

「申し訳……」

「謝ってすむことじゃない。君がちゃんと話していれば、こんなことにはならなかったんだよ。どうして僕に嘘をついたの」

「……殿下をあいつらに渡したくありませんでした」

「それでろくな戦力もないのに突っ込んだの? 父上みたいな英雄になれると思って?」


 図星だった。恥ずかしくて顔が上げられない。リオネルは溜め息をついた。


「英雄っていうのは所詮、偶像だよ。ちょっとした功績に尾ひれがついて、ひとりでに話が大きくなる。うちの祖先なんて系図では神の子なんだよ。そんなわけないのに、笑っちゃうよね」


 俺はリオネルが神の子だと言われても信じると思ったが、さすがにバカにされそうで口にはできなかった。


「教えてあげる。“グリムフォード砦の戦い”で、父上は裏門から奇襲なんかかけてない」

「……は?」

「格好悪いから、本当のことは言えなかったんだって」


 リオネルは鞘から、大剣を引き抜いた。それを天高く掲げる。刃の切っ先がキラリと陽光に反射した瞬間。

 ものすごい爆音とともに、砦が吹き飛んでいた。



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