第33話 最悪の夜
深夜。
奇襲部隊は副官ヨナスの指揮のもと、砦の裏手で待機していた。森に隠れ、目立たないように姿勢を低く保ちながら、団長ヴァルクからの合図をひたすら待っていた。緊張が部隊全体に漂い、兵士たちの表情はこわばっていた。
ほとんどが革命後に、自由騎士団への参加を希望した新兵である。革命があった日は街の片隅で固唾を呑み、革命の行方を見守ることしかできなかった者達が、国を守るために異国の兵と戦う。戦うということは、死ぬかもしれないということだ。もしくは、自分の手で誰かを殺めるということだ。その現実が、もうすぐそこまで来ている。新兵達の緊張と不安は、夜の冷え込みとともに増していった。
ヴァルクが奇襲部隊に新兵を使ったのは、他に人材がいなかったという点も大いに理由であるが、それほど難しい役目を負わせたつもりがなかったからだ。奇襲といっても攪乱が目的で、先に正面部隊がしかけるまでは待機していればいい。正面部隊が突入すれば否応なしに砦は喧噪に包まれるから、騒がしくなるまでは合図なんか気にせず、のんびり寛いでいればいいわけだ。
もし敵が砦の城壁から矢を放とうとも、鬱蒼と茂る森の木々が守ってくれる。まして暗い森で姿の見えない兵士に矢を当てるなんて、歴戦の兵士でも難しい。逆に、森の中から灯りのもとにいる見張り兵士に矢を当てることは、たいして難しくない。敵が焦れて森に侵入してきたら木々にまぎれつつ戦えば良いし、撤退もしやすい。彼らが奇襲をしかけるタイミングはヴァルク達本隊が砦の兵士を正面に引き付けたあとだから、比較的楽な仕事だと思っていた。
だがそれはヴァルクの考え方であり、初陣の新兵達は静寂のなか、ピリピリしていた。緊張と不安は時間を通常より何倍も長く感じさせ、彼らは次第に焦り始めていた。
「本隊の合図はまだか?」
一人の新兵が囁き声で尋ねた。その声には不安が滲んでいる。周りの兵士たちも同じ疑問を抱いていた。彼らの中には、戦況がうまくいっていないのではないかという心配も広がっていた。目の前には砦があり、篝火に照らされた敵兵の姿がチラチラ見える。
こちらの存在も、向こうは気づきつつある。息を潜めて場所は悟られないようにしているが、馬の嘶きや鉄の擦れる音、夜なのに森から飛び立つ鳥達――そんなものを利用して、ヨナスはヴァルクの指示通り、イソルテ軍の警戒を煽ることに成功していた。そのために裏門近くには、さっきから見張り兵士が増えてきている。門の向こうには、もしかしたら五百かそれ以上の兵士が、奇襲に備えて待機しているかもしれない。
「まだだ、焦るな。合図が来るまでじっとしていろ」
ヨナスは冷静に、部下たちに繰り返し注意を促していた。合図が来たら火矢を放ち、相手を攪乱してから突入する。森からできるだけ姿を見せず、侵入する時は闇にまぎれて。何度も心の中で計画を練り直すうち、ヨナスも新兵達に感化され、徐々に緊張し始めていた。
その時、一人の若い新兵が遠くの砦の方角を見つめ、何かを見つけたように叫んだ。
「何か光ってる! 合図じゃないか?」
彼が見たのは、砦の壁の上でチラリと光る松明のようなものだった。松明は何かを知らせるように、不自然に揺れている。だが、ヴァルクは角笛で合図をすると言った。それに正面部隊が突入してから、こちらも襲撃をかけるのだ。あまりに静かすぎることを考えれば、あれは敵同士の何らかの合図に違いなかった。
「違う、あれは――」
「合図だ!」
数人の兵士が叫んだ。部下達は慣れない王都からの移動と緊張で、すでに精神的な限界を迎えており、すぐさま動き出した。ヨナスの号令も待たず、裏門へと馬を走らせ始めた――予定していた火矢も放たずに。
「待て! 止まれ!」
ヨナスは叫んだが、興奮した新兵達の耳には届かない。最悪の夜の始まりだった。
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