第32話 天幕にて



 ヴァルクが率いる自由騎士団の一軍は、ほとんどが戦闘訓練を受けたことのない素人の集まりだった。

 リオネルは以前からそのことを危惧し、軍備を増強させて傭兵を雇い入れる算段を立てていたが、結局は間に合っていない。革命という志を抱いた若い青年達が多く、人数だけはそれなりの数になっていたが、王都からグリムフォードに向かう長旅だけで疲労が溜まっている様子だった。慣れない鉄鎧、長時間の馬での移動、他国軍との戦というプレッシャーが、あるはずの体力さえも余計に削り取っていた。

 今回連れて来られた兵士達の数は千五百程度。問題は、グリムフォードをどれくらいの敵軍が占拠しているのかという点だが……。


「確認したところ、およそ二千人程度かと」


 偵察に行かせた兵士の報告に、野営を敷いた天幕の中でヴァルクはひとまず安堵した。人数でも兵士の質でもこちらが劣るが、それでもその倍の人数が来ていることも覚悟していたのだ。差が五百しかないなら、まだ何とかなる。


「砦を占拠している軍勢は、おそらく先行部隊だろうな。俺達が王子達を差し出して降伏しないとなれば、より多くの増援を差し向けてくるだろう」


 つまり、増える前にさっさと叩いて追い出さねばならない。


「ヨナス卿」

「はっ」


 かつてヴァルクと同じ、近衛兵団の騎士として努めていたヨナスは姿勢良く返事をした。彼は近衛兵団時代に隊長を務めていた経験もある。立場上はヴァルクより上官だったが、今は過去の序列にとらわれず、優秀な騎士の一人としてヴァルクに仕えてくれていた。


「小隊を一つ、任せたい。正門から攻める本隊とは別に裏手の森に周り、そこから奇襲攻撃をしかける役目だ」

「……ジリオン陛下が取られた策ですね。構いませんが、敵も奇襲は警戒しているのではないでしょうか。一度は敗れた場所ですから」

「ああ。だが戦力で劣っている分、どうしたって正面衝突だけでは勝てない。ヨナス卿に任せたいのは、森に潜んで“奇襲がある”ということを敵に警戒させる役目だ。森に隠れていれば、どれくらいの兵力が潜んでいるか相手にはわからない。実際はたった百人程度の小隊でも、敵は五百や千もいる場合を想定しなければならず、裏門をガラ空きにはできないだろう?」

「おお……確かに、その通りです」

「だから奇襲部隊はあえて潜んでいることを、程よく敵に察知させつつ森に潜む。その間に俺達本隊が正面から突っ込み、押されているように装いながらじわじわと後退する。敵をいくらか砦の外へ誘い出せたら角笛で合図を送るから、そこで奇襲をかけてくれ。無理に敵の戦力を削ぐ必要はない。攪乱かくらんが目的だ。俺達の敵はイソルテ軍じゃない。ディオニー・スヴァンテだけだからな」


 名前を口にするだけで身が穢れるような気さえする。ヴァルクは無意識に、腰にある剣の柄を握った。


「あいつさえいなければ、イソルテ軍が砦を占拠する意味も、レア王国内の問題にしゃしゃり出てくる口実もなくなる。ディオニーさえ仕留められればそれでいい」

「そう考えれば、千五百人対一人ですね。だいぶ気が楽になります」

「陛下のような英雄には程遠いが、勝てばいいんだ。決行は夜にする。闇にまぎれたほうが、敵を攪乱しやすいだろう。兵士達には決行までしっかり休むよう、伝えておいてくれ。彼らは皆、訓練も受けてない新兵ばかりだから……体力より気力のほうが問題だ。気遣ってやってほしい」

「承知しました」


 ヨナスは一礼し、天幕を出て行った。

 一晩で決着をつけ、王都に戻る。そしてリオネル殿下に、ディオニーを討伐したことを報告するのだ。

 キスをしてしまった理由も……ちゃんと話さないといけないだろう。この気持ちを受け入れてもらえるとは思えないが、それでも話すのが筋だ。怒られて首を差し出せと言われても仕方がない。

 処刑されてもいいから、顔が見たい。会いたい。そう思ってしまう。我ながら重傷だと、自嘲せずにいられなかった。




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