第23話 王女への恋文③



「――王女が部屋を出たことに気づかない、裏門の警備は酔って寝てる……革命が成功したからといって、緩みすぎにも程がある」


 ヴァルクは頭を抱えた。なぜこんなことになったのかは王女の侍女から聞き出したが、警備がしっかりしていれば王女の脱走もアルノルドの侵入も防げた話だ。医者の診察を終えて眠っているエリアナを眺めながら歯噛みしていると、カイルが言った。


「んなこと言うけど、見張りの奴から聞いたぜ。おまえだって今晩、どこぞの金髪美女を城に呼び込んでお楽しみだったらしいじゃないか」

「金髪美女? ……ああ」


 リオネルはずっと牢獄にいるから、痩せた姿を皆は知らないのだ。カイルとイードも看守としてたまに滞在しているけど、せいぜい鉄扉の小窓から中をちらりと見るくらいで、王子の状態など気にとめてもいないんだろう。外に連れ出していた言い訳をせずにすんだのは良かったが、なんだか複雑な気持ちだった。


「で、その美女はどうしたんだ?」

「帰ったよ。それどころじゃなかったからな」

「それでイライラしてんのか。でもまあ……女がいるなら、大丈夫か」

「大丈夫って、何が」

「だから、おまえだよ。王子に一日中べったりだろう。洗脳でもされてんじゃないかって、心配してたんだ。嫁みたいにメシまで作ってやってさ」


 余計なお世話だ。ヴァルクは顔を顰めた。


「俺のことはどうでもいい。今は城の警備を問題視しているんだ」

「わかってるよ。確かに今回のはちょっと笑えない。一度、仕切り直す必要があるな……お、起きたぞ」


 エリアナがうっすらと目を開ける。彼女は周囲を見回し、そして小さく呻いた。殴られた腹が痛むらしい。


「痛みは明日には引くだろうと、医者は言ってました。数日、大きな痣にはなるそうですが」

「……彼は?」

「あ……ええと、ですね」


 どう説明したらいいものか。言葉に詰まっていると、事情を知っているカイルが「その前に」と口を開いた。


「何があったのか教えちゃもらえませんか? どうしてあの侯爵様は、あなたと一緒にいたんです?」

「……それは」


 エリアナは言いづらそうに、ぼそぼそと事情を説明してくれた。恋文を貰って会いに行ったという話は侍女に聞いていたが、そのあとは何とも胸糞の悪い話だった。


「わたくしが浅はかでした。今、貴族達は切羽詰まっています。形振り構わず行動する者が出てくることくらい、想定しておくべきでした」

「それはお姫様が謝ることじゃない。おれ達が迂闊だったんだ。な、ヴァルク」

「はい。本当に申し訳ございません」


 自由騎士団は皆、有志で集まってくれた仲間達だ。軍隊のように厳しくするのは気が引けていたが、今ではもう自分達が国軍なのだ。騎士団長として、しっかり率いねばならない。


「それで、彼はどうなったの」


 ヴァルクは事の次第を正確に、正直に打ち明けた。剣を向けていたのは自分だが、勝手に刺さったと言い張るのは、自分でも嘘くさく聞こえた。しかしエリアナは疑うでもなく「そうですか」と呟いた。


「わたくしが抵抗して土をぶつけたから、それが彼の目に入って……よく見えなかったんだと思います」

「あ、それで……」

「つまり、わたくしが殺したようなものね」


 それはいくら何でも、曲解しすぎではなかろうか。カイルが「別にどうでもいいじゃないですか」と、軽い調子で言う。


「お姫様は地位も危ういどこかの罪人と違って、今もれっきとした王族です。暴行、拉致未遂は正当に死罪ですよ」

「お兄様は今でも、この国の王子であり王太子です。侍女のケイトは罰を受けるべきだとわたくしは思います」

「そっちに重きを置きますか……」

「おまえが王子殿下を引き合いに出すからだ」


 ヴァルクはカイルを睨んで諫め、それから「重ね重ね申し訳ありません」とエリアナに謝った。


「王子殿下だけではなく王女殿下までも、命の危険に晒されるような結果を招きました。俺の処罰はいかようにでも……」

「あなたを処罰なんてしたら、民衆は再び怒ってここへなだれ込んでくるでしょう。そうしたら、わたくしもお兄様もどんな目に遭うか」

「それは……」

「中途半端な真似はおよしなさい。あなた方は今、わたくし達を踏みつけて立っている。その自覚を持って、国を纏めなければならないわ」


 襲われて目覚めたばかりだというのに、エリアナの青い瞳はリオネルと同じくらい、強い光で満ちていた。ヴァルクは思わず気圧されてたじろぐ。

 ――王族というのは皆、こうなのだろうか。甘えて育っただけの子供に見えても、その根底にある誇りと威厳は消えることがない。思わず跪きたくなってしまう。


「わたくしも覚悟を決めました。時代は流れて、もとには戻らない。だから、あなた方に協力します。どうかお父様が――陛下が納得なさるくらいの、強い組織を作ってください」

「……はい、殿下」


 耳が痛すぎる上に、恥ずかしかった。十歳も年下の女の子に説教されるなんて。

 部屋を出ると、扉を閉めるなりカイルが言った。


「たまげたな。女ってのは一晩でああも成長するのか。昨日まで泣いてばかりだったのに」

「……今までこの城は、ディオニーのような貪欲な大人達によって腐らされていた。土や水を替えれば花が芽吹くように、今のお姿があのご兄妹の本来の姿なんだろう」

「おれは王子様の話はしてないんだが」

「騎士団の編成をし直す。……おい」


 ヴァルクはエリアナ王女の扉番をしていた兵士を、ぎろりと睨み据えた。


「王女殿下に何かあれば、この国もおまえも終わりだと思え。警告ですむのは、今回の一度きりだ」

「…っ、は、はい! 肝に銘じます!」

「交代制で訓練に参加させる。遅れたら追加訓練だ。いいな」

「はいぃっ」


 今は早急に、軍の服務規律を徹底させなければ。カイルがぼやく。


「あーあ。まるで近衛兵団だな」

「近衛兵団ならもっと厳しかった。同じ水準まで持っていく」

「まじ?」

「上が貴族達で埋まっていたことを除けば、規律事態は悪くない。勤務中の飲酒や無断欠勤、武器の放置……兵士として、してはならないごく当然の決まりを破らなければいいだけの話だ。模範兵士には報酬も出る。……王城警備隊はテオに任せていたな。まずはあいつからしごき直そう」

「大丈夫か? あいつ上から圧されんの嫌うだろ」

「圧しはしない。騎士団の志を説くんだ。やる気さえ刺激すればまじめに動く男だ。そえれからカイル、おまえにはエリアナ王女の護衛騎士になってもらう」


 カイルは「はあ?」と素っ頓狂な声を上げた。


「おれがお姫様の騎士だって?」

「今までも副騎士団長を名乗ってたんだ。おまえはもう騎士だよ」

「いや、それはなんつーか……ただのノリだろ」

「騎士は騎士を叙任できる。俺が叙任する。おまえには、それくらいの実力があるよ。剣より拳のほうが得意なのは格好がつかないけどな」


 これまで近衛騎士達に狙われて戦うたび、何度カイルに助けてもらったかわからない。こいつがいなければ、自分はとっくに命を落としていたに違いない。


「だけど俺がお姫様に付いたら、地方の騎士団との連携はどうするんだよ。遠征とか」

「もう革命直後ほど荒れてない。落ちついてきただろ」

「まあ……それはなあ」

「問題があれば、また対処すればいい。……陛下が作った最強の近衛兵団を蘇らせるんだ。俺達の手で」


 かつて英雄が率いていた軍を。

 そう心の中で熱く決意していると、カイルが大まじめな顔で言った。


「おまえ、それ訓練の時に演説しろよ。きっと皆、盛り上がるから」




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