第19話 王女への恋文①



 リオネルが元気になったとマリアンから聞いて、エリアナは胸を撫で下ろした。そうして気分が落ちついてくると、自分がカイルという副騎士団長に、ずいぶん乱暴な口を利いてしまったことが恥ずかしくなった。

 医者を呼んでくれた者達相手に、兄が死んだら許さないなどと。よくよく聞けばその医者は、寝たきりの父も診ていてくれているのだという。

 きちんと謝罪をしたかったが、彼に会うのは会議の時くらいだ。しかし会議の前も、終わってからも、カイルは常に誰かと一緒に話をしているので、割り込んでいくのも気が引けた。

 侍女のマリアンを通して、エリアナのもとに一通の手紙が届いたのはそんな時だった。鹿の蝋印が押された封書に、エリアナは小さな驚きを呑み込む。


「コーリバン家から……?」

「はい。王都に買物へ出た際、アルノルド様の使者という方から渡されました。家紋の印もありますし、間違いないかと」


 アルノルド・コーリバンは由緒正しき侯爵家の子息だ。舞踏会では何度も一緒に躍ったことがある。というのも、エリアナの婚約者候補だったからだ。兄の婚約者も決まっていないのに自分が先というのも嫌で、返事は保留にしたままだったが。


「……コーリバン侯爵は、元老院の方々と一緒に処刑されたと聞いたわ」

「はい。ですがアルノルド様は直接政務には関わっていらっしゃいませんでしたし……爵位を剥奪されたわけでもありませんから、領地で家門を継いだはずですよ」

「そう。無事だったのね」


 父君は残念だったが、知り合いが一人でも無事だったのは良かったことだ。封を開けて、手紙を見てみる。見覚えのある、品のいい綺麗な文字が綴られていた。


『愛しき王女様へ


 この手紙があなたの手元に届くことを願い、ペンを執ります。あなたが無事であることを、ただただ祈るばかりです。あなたの笑顔が見えない日々が続くことが、私にとってどれほど辛いことか、言葉では言い尽くせません。

 私はあなたのためなら、どんな危険も恐れず、どんな障害も乗り越える覚悟です。

 今夜、月が高く昇る頃、城の裏手にある古いオークの木の下でお待ちしています。そこから安全な場所へとお連れします。どうか、私を信じてください。あなたの安全と幸福のために、全力を尽くします。

 あなたの心が少しでも癒されることを願い、この手紙を送ります。希望を捨てず、私たちの未来を信じてください。


 永遠にあなたのもの。アルノルド・コーリバン』


 読み終えてから、エリアナは首を傾げた。


「安全な場所へ連れて行く? わたくしを?」


 意味がわからなくて、手紙をマリアンに見せた。マリアンは「まあ」と頬を赤らめる。


「熱烈な恋文ですね」

「困るわ、一方的に。お父様もお兄様もいるのに、わたくしだけ出て行けるわけないじゃない」

「ですがエリアナ様……。今はよくとも、王女様の身柄は決して安全とは言えません。自由騎士団の連中の気が変われば、どんな恐ろしい目に遭わされるか」

「それはそうだけど……」

「陛下はご病気ですし、王子殿下は――こう言っては失礼ですが、罰を受けるだけの享楽に身を任せておりました。ですが、エリアナ様は違います。すてきな殿方と結婚して幸せになる道を、諦めてほしくはありません。なんといっても、まだ十八歳ではありませんか」


 マリアンの言いたいことも理解できる。こんな怖い城は逃げ出して、安心のできる場所で暮らせたらどんなにいいか。コーリバンの領地まで逃げれば、王女といえど役にも立たない小娘一人、自由騎士団もわざわざ追いかけてはこないだろう。

 アルノルドにときめいたことはないが、こんな窮地でも助けようとしてくれる人だ。一緒にいれば、愛も芽生えるかもしれない。


「でもやっぱり、わたくしだけなんて……」

「では、とりあえず今夜お会いして、相談だけでもされてみてはいかがですか?」

「そもそも見張りがいるのにどうやって部屋を抜け出すの?」

「そうですね……」


 マリアンはしばらく考え込んでから、パッと顔を上げた。


「私の服をお貸し致します。侍女の格好をしていれば、夜は暗いですし気づかれません」

「そんなので大丈夫かしら」

「兵士といっても、彼らは訓練も受けていない平民です。居眠りしている警備兵もいるくらいですよ。きっとうまくいきます」


 なんだか気が進まない。でも待ち合わせ場所に行かなかったらアルノルドは心配して、他の手段を取ろうとするかもしれない。とりあえず行くだけ行って話をするくらいは、悪くないだろうとエリアナは思った。




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