第12話 自由騎士団



 王都の西端、石畳の広場を見下ろすように建つ大聖堂。昼下がりの光が教会の尖塔に差し込み、街全体を見守るかのようにそびえ立っている。

 だが馬を飛ばして近づくにつれ、怒号と叫びが聞こえてくる。広場には群衆が集まり、教会の巨大な扉を斧で叩き割ろうとしていた。ヴァルクは手綱を引いて、馬を止めた。


「そこで何をしている!」


 ヴァルクの声は、そんな騒動の中でもよく響き渡った。斧を握っていた若い男が、振り返って叫ぶ。


「うるせぇっ、おれらは自由騎士団だ! これは正義のためにやってんだ、引っ込んでろ!」


 隣にいたカイルが「おっとぉ」と苦笑いを浮かべた。一緒についてきていたジェラルドや他の兵士達も、戸惑った顔をしている。カイルが声を張り上げた。


「悪いが、こっちも自由騎士団だ。とりあずそっちの了見を聞こうか」

「何だと?」

「なあ、ちょっと待てよ。あの人って……」


 見たところ全員、十代後半の青年達だ。彼らは仲間同士でボソボソと話し合い、斧を下ろしてヴァルク達を見た。


「あんた、ヴァルク・カーディアか?」

「そうだ」


 彼らだけでなく、広場で事態を眺めていた群衆達もざわめいた。リーダー格らしい茶髪の青年が「なら、ちょうどいい」と嬉しそうに言う。


「この教会にいる連中はなァ、貴族どもとズブズブでよ、昔っから大量の金を受け取ってやがったんだ。粛正が必要だろう!?」

「貴族から献金を受け取るのは違法じゃない」

「へ? けどっ、その金でぜーたく三昧してやがったんだぞ! 貴族どもと同じだっ」

「その贅沢三昧というのは、具体的にどの程度だ。中にいる聖職者達は十数人はいるだろう。全員がそうなのか? 彼らの名前は?」

「し、知らねえよっ、そんなもん!」

「知らねえのに斧を振り上げるのか。自由騎士団を名乗りながら、上官に報告もせず!」


 ヴァルクが怒鳴りつけると、青年達はたじろいだように顔を見合わせた。


「だって……なあ? おれら、正義のために」

「そうだよ! そっちだって王城に押し入って……」

「俺達は罪状の裏取りをして、法に則った刑を執行した。名前もわからないような相手を襲ったりはしない」


 平民が貴族を裁く資格がないことは重々承知しているが、本来裁かれるべき者達が癒着しあって放置されていた。だから、病床の王に代わって正規の刑を執行したに過ぎない。ヴァルクは「ジェラルド」と傍に控えている彼に呼びかけた。


「彼らは教会の扉を叩き壊し、聖職者達を襲おうとした。この場合、法ではどう裁く?」

「そうですね。器物破損、暴行未遂ですから、禁固刑が妥当です」

「よし。捕らえろ」


 兵士達が青年達を取り囲む。彼らは「そりゃねーよっ」「横暴だ!」などと暴れていた。彼らは彼らなりの拙い正義でやったことだろうが、こちらも新政府を名乗る身で、こんな暴力を放置しておくわけにもいかないのだ。


「しばらくおとなしく牢に入っていろ。そのあと騎士団の規則を叩き込んでやる。……カイル、怪我人がいないか一応確認しておいてくれ」

「ああ、わかった」


 馬を降り、教会へ向かう。群衆が近づいてきたヴァルクに気づいて道を空ける。ヴァルクは壊れかけの扉をノックした。


「自由騎士団のヴァルク・カーディアという者です。ここにいた者達は、こちらで逮捕しました。被害の状況を確認させていただきたいのですが、大丈夫ですか?」


 扉の向こうはしばらく静まりかえっていたが、やがてゴトゴトと閂が外されるような音が聞こえた。法衣を着た司祭らしき老年の男が顔を出す。


「か、彼らはもう……?」

「ええ、いません。ご安心下さい」


 よく見ると司祭は、中指に大きな宝石のついた指輪をしていた。どこかの王子みたいに丸々と肥えていて肌つやもいい。

 リオネルが教会への献金額が多かったと話していたことを思い出す。そういえば、王太子の後見人をディオニー・スヴァンテと認めたのは教会だ。

 顔を上げて司祭の背中の向こう、通路に目をやる。自称自由騎士団の奇襲に焦ったのか、修道士達が書類の束を手にバタバタと走り回っていた。


「……先程の襲撃者達は教会が貴族から賄賂をもらっているのだと疑っていたようです」

「何を根拠にそんな。とんでもないことです。寄付金はすべて、教会の維持費や慈善事業に使わせていただいております」

「そうですよね。神の教えを説く立場にあなた方が、私的利用などしているはずがない」

「おっしゃる通りです」

「では襲撃者達を正当に裁くためにも、調査にご協力お願いします」


 司祭が「え?」と聞き返すのを無視して、ヴァルクは仲間の兵士達に振り返った。


「おい、査察を始める」

「はっ!」


 兵士達が威勢良く返事をすると、司祭は慌てふためいた。


「あの、いったいどういう……っ、こ、困ります!」

「献金の使用用途を確認するだけです。もちろん帳簿はありますね?」


 扉を大きく開いて中に押し入ると、広場の群衆達がワァッと歓声を上げた。


「査察が始まるみたいだぞ!」

「やっぱりそうか。前から怪しいと思ってたんだよ」

「商人がやたら出入りしてたもんな。肉やら酒やら買い込んで……」

「ヴァルク様ぁ、がんばってぇ!」


 司祭の様子といい民達の雰囲気といい、どうやらクロらしい。王城だけでなく教会まで。この国はどこまで腐っているのか、頭が痛くなるばかりだった。



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