第11話 王子の扱い



 結局、執務室から運び入れた勅書の大半が不正請求だった。申請者本人の署名が残っているし、帳簿と付き合わせれば充分な証拠になる。これでまた腐敗貴族どもから財産を没収し、国庫を潤すことができるわけだ。

 逮捕者リストと被害額を作成して会議に出すと、ジェラルドが「すごいですね」と珍しく手放しで褒めた。


「これほどの量を、この短期間で洗い出すとは……執政官、ちゃんと眠れてますか?」

「俺じゃない。リオネル殿下だ」

「は?」

「殿下だよ。執務室に溜まっていた勅書を見てもらった。ディオニーのクソ野郎どもは殿下に勅書を触らせなかったようだが、どうも書類仕事が得意なようだ。これからは塔を出てもらい、執務室で仕事をしていただこうかと思う」


 さぞかし皆、喜ぶだろうと思った。どうしようもないと諦めていた王太子の存在に、希望が見えたのだから。しかしヴァルクの意に反して、テーブルについていた面々は表情を強張らせていた。

 平民のテオ達だけではなく、貴族側のジェラルド達も困惑している様子だ。


「……どうしたんだ?」

「執政官。この話は、ここだけに留めておいたほうがよろしいでしょう」


 ジェラルドの言葉に、ヴァルクは「え?」と戸惑った。


「あなたが民衆に支持されているのは、王太子の悪政から民を救った英雄だからです。それなのに王太子を新政府に加えたりなんかしたら、民は混乱しますよ」

「何も彼に主権を譲るわけじゃない。ディオニー達のせいだとしても、殿下は国の腐敗を放置していた責任を償う必要がある。だからこそ一緒に……」

「冗談じゃねーよ」


 テオが吐き捨てるように言った。


「なんだっておれ達を苦しめた元凶と、雁首揃えて仲良くテーブルに座らなきゃいけないんだ。迷うくらいなら、とっとと処刑しちまえばいいんだ。その方が清々する」

「そうだよ。ちょっと書類を裁くのが得意だったからって、それが何だって言うんだ。頭の善し悪しで善悪を決めるってのか?」

「だったらアタシ達は全員、牢にぶちこまれなきゃいけないねえ」


 平民側の代表者達から、笑い声が上がる。だが貴族側の面々が失笑した途端、彼らは眉を吊り上げた。


「何笑ってんだよ、お坊ちゃまども。バカにしてんのか?」

「いいえ。学がないのは、あなた方のせいではありませんから……」

「学がないだってェ? だったらアンタ達はタマなしじゃないか。アタシらが立ち上がらなかったら、お偉様方に頭を下げることしかできなかったくせにさあ」

「まあ、品のない。女性がそう声を荒げるものではありませんわ」


 彼らは席を立ち上がり、今にも乱闘が始まりそうになる。ヴァルクは「おい、やめろ」と声を上げた。なんでこんなことで揉めるんだ。

 ガンッと鉄を打ちつける音がした。振り返れば護衛としてヴァルクの傍に立っていたカイルが、鞘の先を床に打ちつけ仁王立ちになっていた。


「座れ。でなきゃおれが相手になる」


 シンと場が静まりかえったかと思うと、皆は席についた。ヴァルクは溜め息をつく。


「……皆の反対はわかった。殿下の幽閉は続ける。その上で、今後は仕事を補助してもらうつもりだ」

「まあ、タダ飯喰らわせるよりはいいんじゃねえの」


 テオがぼやく。皆も異論はないようで小さく頷いていた。テーブルの反対側に座っていたエリアナだけは暗い表情で俯いて何も言わなかったが、それもいつものことだ。


「では、次の議題に移るが……」

「執政官!」


 兵士が慌ただしく、広間へ駆け込んできた。


「どうした」

「し、市街地で、教会が襲撃を受けていますっ。暴動です!」


 ヴァルクはカイル達と顔を見合わせ、急いで立ち上がった。



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