第5話 新政府



 王子や腐敗した貴族連中を処分したからといって、革命はこれで終わりじゃない。むしろ、大変なのはここからだった。

 ヴァルクもカイルも剣の扱いには慣れていても、政治には疎かった。もちろん理想はある。身分格差のない、平等で自由な国だ。けれど、そんな理想論を語る前に街の治安回復、財政の管理、民衆へは今後の展望を示さなければならない。

 広間に集まった仲間達は、それぞれ多種多様な経歴を持つ。王子を裏切った貴族達もいれば、元近衛兵団の騎士や兵士達、農民や石工などの職人達、商人や主婦もいる。誰もが今日という革命のために、覚悟を決めて戦ってきた。大切な仲間達だ。

 革命が成功した今、次に進むべき道を決めなければならない。だが、すでに貴族と平民の間で静かな対立が起こりつつあった。鍛冶職人のテオ・ベルマンが、勢いよく立ち上がった。


「また貴族に国を任せろって言うのか? 冗談じゃない。王子のせいだの、元老院のせいだのってクチバシを揃えたって、てめえらがこの国を腐らせたのは事実だ。これからはおれ達平民が国を動かす! 貴族制度なんて、もういらねーんだよっ」


 貴族のリーダー格であるジェラルド・ヴァスティが静かに立ち上がり、視線を広間の隅々に向けた。


「諸君、まず理解していただきたいのは、秩序と伝統がいかに国家の礎となっているか、ということだ。無論、国の未来には変革が必要だ。しかし国民全員が突然平等な権利を得たとして、誰がこの大きな船の舵を取れるというのか。民衆はまだ、統治のための訓練を受けていない。混乱が起これば、ただの無秩序に陥る危険性がある。情熱だけでは国家は前進できないのだ」


 ジェラルドの言うことも一理あった。突然、今日から皆は平等だと言われても、リーダーがいなければ国は立ちゆかない。逃げたスヴァンテはもとより、平民が王族に剣を向けることに反発心を抱く貴族は少なくないだろう。まして自分達の地位が脅かされるようなことになれば、まず黙っていないはずだ。新たな内乱を引き起こすことだけは、今は避けねばならない。


「んなこと言って、またおれ達から税を搾り取って贅沢したいだけだろうっ。頭がすげかわるだけで同じことの繰り返しじゃ、意味ねーんだよ!」


 テオが乱暴にドンッとテーブルを叩く。「きゃっ…」と小さな悲鳴が聞こえた。テーブルの端、上座に座っていたエリアナ王女が、青ざめた顔で縮こまる。自分に注目が集まって、彼女は泣きそうな顔になった。


「ご、ごめんなさい。続けて下さい……」


 と言われても、王女に泣きそうな顔で怯えられ、テオもばつが悪いようだった。

 新政府をどうするか。革命を起こす前からずっと揉めている問題だ。本当はもっと熟慮し確定してから今日という日を迎えたかったが、何せ今回は時間がなかった。

 国中から飢えた民達が王都に押し寄せ、あちこちで暴動が起きる日々。少年グループが王城に這入り込もうとして捕まり、近衛兵達が彼らを殺害したという知らせが広まると、民衆はヴァルクにさえも手に負えない、理性を失った凶徒になろうとしていた。彼らが殺し合いを始める前に、一秒でも早く鬱憤を晴らす革命に踏み切るしかなかったのだ。


「……この国を再建するには、貴族の経験と平民の力、両方が必要だ」


 ヴァルクは静かにそう告げた。


「まずはエリアナ王女を中心に、暫定政府を発足する。元老院達が占めていた空席には、貴族と平民、両方から代表を選んで埋める。問題が起これば随時変更する」

「元老院の席に平民を入れたとして、法や税務管理ができるとは思えませんが」


 ジェラルドが小馬鹿にしたように言う。ヴァルクは「そうでもない」と答えた。


「商人のマクベルは金勘定は得意だし、ベリッツは文官として城勤めをしていたから法分野にも詳しい。要は適材適所だ」


 ヴァルクは「とはいえ…」と付け加えてジェラルドに言った。


「彼らは各地の治安維持や自治権について、そちらを管理してもらうつもりです。城の内情にもっとも詳しいのは、ジェラルド卿のような貴族の方々だ。あなた方が味方でいてくれることは、とても心強いと思う。感謝している」

「……感謝など。我々も、腐った政治体制には嫌気が差していましたから。ヴァルク卿が立ち上がったからこそ、今がある。感謝するのはこちらのほうです」


 ジェラルドの言葉は表面的で、平民上がりの騎士であるヴァルクを蔑んでいるのはその目つきから簡単に見て取れた。近衛騎士として王城にいた時、何度も周囲から向けられた目だ。

 彼らは元老院達のようにうまく王子に取り入れず、特権のおこぼれに預かれなくて不満を抱いていただけに過ぎない。王子や邪魔な元老院さえいなくなれば、自分達が王国の舵を取れる――そう思って、ヴァルク達の革命に参加しただけだろう。

 へたをすれば彼らは今後、敵になるかもしれない。しかし今、貴族達の協力が必要なのも事実だった。自分達は知識が足りない。かといって隙を見せれば、あっというまに自分達は城から追い出されるだろう。まだ貴族達が平民に怯え、それをまとめている自分を警戒している今のうちに、うまく均衡を維持して新政府を定着させないと……。

 溜め息がでそうになって、ヴァルクは呑み込んだ。弱気を見せれば付け入られる。だからヴァルクは貴族達がいつもそうしているように、悠然と微笑み返した。


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