第3話 牢獄塔


 その塔は、城の端にひっそりと立っていた。螺旋階段は急で狭く、粗削りの石でできている。塔の最上階にある王子の部屋は、とても粗末なものだった。天井近くにある窓は小さく、鉄の格子がはめられており、青空がわずか見えるだけ。カーテンも板戸がないから、風が冷たく吹き込んでくる。部屋には古びた木製のベッドと、簡素な机と椅子。布団も薄く、カビ臭かった。


「なんで僕がこんな目に……」


 リオネルは背の低い、そのくせ丸い体でベッドに腰を下ろした。折れそうなくらい、ギシギシとうるさく軋む。

 ほんの少し前まで、リオネルの部屋は城館の三階、陽当たりのいい角部屋にあった。天蓋付きの大きなベッド、金糸の刺繍が施されたシルクのカーテン。ベッドカバーには深紅のベルベットが使われ、その上には美しい刺繍が施されたクッションが山積みされていた。柔らかな羽毛の枕は、まるで雲のように王子を包み込んだ。

 なのに今は、床で寝るのと変わらないほど固いベッドしかない。着せられた麻のローブも使い古しみたいで、ガサガサして肌触りがちっともよくない。

 何が革命の英雄だ。ヴァルク・カーディアめ――

 あいつは元・近衛騎士だと聞く。近衛なんて大勢いるから、いちいち顔も名前も覚えていないが。そういえば革命軍が来た時、近衛親衛隊の奴らは見当たらなかった。逃げたが、裏切ったか。どちらにしてもヴァルクともども許せない。忠誠を誓った王家に逆らって、何が騎士だ。父上が目覚められたら、きっと一番に処刑してくださるに違いない。


「……父上」


 父のことを思うと、たちまち寂しくて心細くなった。

 王が病に倒れたのは、リオネルが十二歳の時だ。強い剣士で、逞しく厳しい人だったのに、原因不明の病であっというまに具合が悪くなっていった。王妃である母は妹を産んですぐ亡くなっていたので、リオネルが王太子として王の代理を務めるようになったのはその頃からだった。

 王の顧問だったディオニー公を始めとする補佐役の手を借り、彼らのアドバイス通りにやってきたつもりだ。厳しかった父とは違い、彼らはリオネルが子供らしく遊ぶのを咎めなかった。「殿下は王になるため、神に選ばれた御子なのです」と褒め称え、宝石や剣やらいろんなものを贈ってくれたし、年頃になると娼婦まで用意してくれた。女遊びは、男の嗜みだと教わった。

 そうして毎日、平和に幸せに過ごしていた。たったそれだけなのに、なぜこんなことになるのか。腹を立てていると、ぐうと腹が鳴った。


「食べ物は……?」


 いつもは必ず、菓子やら果物やらが部屋に常備されていた。なのにここは何もない。まさか餓死しろとでもいうのだろうか。

 リオネルはベッドから立ち上がると、鉄の扉をノックした。けれど、誰もいないのか返事がない。


「おい、誰か。いないのか」


 ドンドンとうるさく扉を叩き続ける。するとようやく、螺旋階段を上がってくる人の足音が聞こえた。扉の小窓が開いて、兵士が睨み付けてくる。


「うるさいぞ。何を騒いでいる」

「食事がほしい」


 扉の向こうで、盛大な溜め息が聞こえた。


「そうかよ。じゃあ、ネズミでも喰ってろ」

「ネ、ネズミ?」

「ああ、寝る時は注意しろよ。向こうもおまえを喰う気でいるだろうからな」


 兵士は皮肉ったように笑って小窓を閉めた。階段を降りていく音が聞こえる。


「おいっ、待て!」


 ドアを叩いて叫んだが、兵士はそれっきり戻ってこなかった。本当に餓死させる気なんだろうか。不安に思っていると、ガサガサッと嫌な音がした。「ひっ」と悲鳴を上げて振り向けば、机にネズミがいた。さっきまでいなかったのに、机の上を嗅ぎ回っている。


「うわっ、うわ……っ、あっちいけっ」


 枕を掴んで放り投げる。すると、ガシャンと音がして机にあった水差しが倒れた。ネズミがチュッと声を上げて、驚いたように逃げ出す。器用に壁を登り、鉄格子のはまった窓の小窓から出て行った。あそこから出入りしているのだ。

 大きなネズミだった。本当に、人間を囓ったりするんだろうか。


「う、うう……」


 部屋に戻りたい。あたたかな食事がほしい。ワインが飲みたい。甘い物がほしい。

 今朝まであった、当たり前の日常が恋しくてたまらなかった。

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