(7)少女と魔剣

 マリトはザイラフと打ち合わせた後、中庭には戻らず居館に向かった。リリエラの様子を見るためだったが、広間には先客がいた。

「……そして襲いくる賊共の槍を打ち払い、愛馬の手綱を巧みに操りながら、弟ユービングを助けつつ……」

「ちょっと待った、ディアン。君を助けたのは僕だろう?」

 トルバイア兄弟の功名話を、リリエラは長椅子の端に腰掛けてくつろいだ様子で楽しそうに聞いている。マリトはため息をつきながら広間に入った。

「報告はまず副隊長と隊長代行にすべきだと思うがな」

 兄弟はそろって飛び上がったが、入ってきたのがマリトだと気付くや、立ち上がってうれしそうに一礼した。

「これはこれは、僕たちの剣の女神マリト。砦に忍び込んだ賊共を、たった一人で片付けたとか」

「賊ごときに貴女のお手を煩わせて申し訳ない。僕らも助太刀に行きたかったけど」

「賊がお前たちを始末しなかったのが残念だったよ。まさかと思うが、あれが罠だと気付かなかったのか?」

 ディアンとユービングは顔を見合わせた。「罠?」「もしかして、僕らを砦の外に誘い出すための?」

「察しが良くて助かる。深追いは無用だと言った私の言葉も覚えていてくれていたらなお良かったんだが」

 そこでマリトは、追われていた商人も盗賊で、偽装の襲撃を利用して砦に入り込んだことを馬鹿共に説明した。兄弟はそれでようやく事の真相に気付いたようだが、悪びれるでもなくマリトに向き直った。

「で、マリトはいつ気付いた?」「もしかして、僕らが討って出る前から?」

「そんなところだ」マリトは暖炉のそばに背をもたせて腕を組んだ。

「もし盗賊団が街道を行く商人を襲うなら、普通は弓や銃を使うはずだ。馭者を威したり、脅しが効かなくても馭者や馬に矢弾が当たれば、荷物をそっくり頂戴できるからな。だがあの時の賊の手には槍や剣しかなかった。しかも、荷物を積んで足が遅いはずの荷馬車の後方をずっと後方から追いかけ回すだけで、一向に前に出て進路を塞いだり馭者に斬りかかろうとしていない。よほど足の遅い馬に乗っているか、襲撃自体が嘘かどちらかだ」

「ま、賊は皆退治したんだし、いいんじゃないの?」

「そうそう。ところで、魔族相手じゃないからログラム市からの報奨金は出ない、なんてことは無いよね?」

 マリトは盛大にため息をついてから、大きくかぶりを振った。

「報奨金のことは知らんな。それより、お前たちが相手した賊について、何か手がかりはあったか?」

「全然。剣も馬もそれなりだったけど、あれは官憲相手に戦うより逃げる方が上手い手合いだってことくらいかな。あといかにも極悪人って感じの顔だったよ」

「悪いが僕ら兄弟、ああいう人たちとは付き合いが無いんでね。装備には無駄に金がかかってたみたいだけど」

「そうか、どこかの馬鹿兄弟にそっくりだな。で、お前たちはいつ帰ってきた?」

「信号火矢を見て。その時はまだ賊が三人残ってたから、片付けるのにちょっと時間がかかっちまったけど」

「まあ信号の内容は『砦に襲撃、ただし撃退済み』だったから、あわてずしっかり任務をこなしてから帰ったよ。ただ、あの火矢を見た副隊長や隊長代行も当然砦に戻ってると思ったんで、まず様子を見てからと思って南門からそっと入った」

「で、案の定隊長代行がなんかわめき散らしてるのを見て、まずは僕たちの客人リリエラ嬢が無事か確かめることを優先したわけ」

「説明ご苦労。別にリリエラ嬢はお前たちの客ではないがな。それではリリエラ嬢が無事だと確認できたところで、さっさと副隊長に報告しに行け……ああそれと、空き部屋に照明用の油がいる。補充しておくのを忘れるなよ」

 マリトが顎で外を指し示すと、二人はおとなしく椅子から腰を上げ、リリエラに笑顔で手を振り広間から出て行った。やれやれとマリトはリリエラに顔を向けた。

「食事はもう済ませたのか?」

「はい。とても美味しかったです」

 マリトの問いに穏やかに応じてから、リリエラは長椅子の上で姿勢を正した。

「ところでマリトさんは、野盗だと分かっていて砦に入れたのですか?」

「そうだ。門を閉ざしても良かったが、あちこちから火矢を射かけられたりすると厄介なのでね。それに、わざわざこの砦を――治安部隊である帝国軍の駐屯地ではなく、魔族退治の専門部隊である我々の砦を狙う理由も知りたかった」

「理由は分かったのですか?」

「だいたいのところはな。それはそうと、君に剣を教えるという話だが」

 唐突にマリトが切り出したので、リリエラの顔に緊張が走った。

「私の指導は厳しいぞ。それにまずは体力づくりから始めるから、剣で命のやり取りをするのは当分先になるだろう。ひたすら地道な修練に耐える自信は?」

「……自信がある、とは申しません。ただ、どんなことでもやり抜く覚悟です」

「覚悟のほどは分かったが、もう一つ聞きたい。もし君に剣を教えるなら、行くあてのない君はこのパランディル隊に加入し、我々と一緒に過ごしてもらう以外ないが」

 マリトは暖炉のそばを離れて、リリエラの座る長椅子の端に腰を下ろした。

「もし魔族討伐の任務中に、君の仇が現われたとする。しかし仇に闘いを挑むと、任務に支障をきたす。そんな事態に陥った場合、隊の任務を優先するか? それとも、仇討ちを優先するか?」

 マリトの声は穏やかだったが、あいまいな回答は許さない気迫がにじみ出ている。それまで決然と答えていたリリエラが、初めて言葉に詰まった。

「もし、そうなったら……私は……」

 返答に窮するリリエラを、マリトは無言で見守っている。すると突然、うつむいていたリリエラの顔がキッとした表情でマリトを見上げた。

「そういじめてやるな。まず仇を叩き斬って、それから任務に戻れば済む話ではないか。別に順番を逆にしてもいいが」

「私はリリエラ嬢と話をしているのです、邪魔をしないでください」

 マリトはリリエラの豹変にも動じず、淡々と受け流す。今は長椅子のそばに立てかけられている例の剣が、少女の体と意識を乗っ取って話している事態を、マリトはごく自然に受け止めていた。

「リリエラ嬢が剣を手にしていなくても、そばにあれば寄生できるんですね」

「寄生などと言うな。それより貴様、小娘に剣を教えるのをえらく渋るではないか」

「彼女の命にかかわる話です。教え方が悪くて彼女が命を落としたりしたら、あなたも困るのではないのですか?」

「無論困る。だから貴様が教えろと言っているのだ」

 話がかみ合わないので、マリトは別の問いを発した。

「うかがいたいのですが、何故あなたはリリエラ嬢に剣を、つまりあなたを使えるようになってほしいと願うのですか? 彼女には悪いが、他にもっと真っ当な剣の遣い手がいくらでもいる。それなりの剣客の身体を乗っ取れば済む話ではないかと思うのですが」

 そのリリエラの体を借りている剣は、ふんと(リリエラの)鼻を鳴らした。

「彼女の素質だ。言ったであろう? 私の望みは、最高の剣士によって扱われることだ。風と歌い、水に躍らせ、大地を割き、炎と吼える。それが私、テルフェンタリスという剣なのだ。そんな私を扱うのに、この小娘は理想的なのだ」

「何の型にも染まっていないから、ということですか」

「さすがに鋭いな。この小娘は剣の振り方どころか握り方すらろくに知らん。当然剣術の知識は皆無だが、それはすなわち、これから教えたことが全て身に付くということでもある。それにこやつは、ひどく素直だ。貴様が一日中素振りしていろと命じれば、本当にそうするだろう」

 得体の知れない剣に同意するのは不本意だったが、マリトは内心うなずいた。彼女がリリエラと言葉を交わしてまだ半日足らずだが、彼女が素直なこと、どんな稽古も生真面目に取り組むであろうことは、剣士としての勘が告げている。

「敵討ちへの執念がそうさせるのかもしれませんね」

「おそらくな。が、動機はどうでもいい。まずはとにかく、まともに剣を扱えるようにしろ」

「それで私にどんな利益があるというのです?」

「ほう、見返りを求めるのか」リリエラ(の体を乗っ取っている剣)は面白そうに唇を歪めた。「何が望みだ?」

「別に。私が教えたいうちは教えますが、それは私にとって何の得にもならない行為だということは覚えておいてください。つまり、教えるのに飽きて投げ出しても文句は受け付けないということです」

「かまわんさ。貴様は途中で放り出すようなことはしないからな」リリエラを乗っ取っている剣が不敵な笑みを浮かべたので、マリトはつい眉をひそめた。

「何故そんなことが?」

「これでも人を見る目はあるつもりだ。まあそれはいい、まずは小娘に剣を教えると言ってやれ。話はそれからだ」

「それは彼女の返事次第……」

 マリトが答える前に、リリエラの首ががくんと垂れた。長椅子に座ったまま倒れそうになる少女の体を、マリトは素早く抱きとめた。

「……あ、私……」意識を取り戻したリリエラは、また自分が気を失っていたことに気付いたらしい。が、マリトの腕の中にいることにも気づいて、あわてて叫んだ。

「ご、ごめんなさい!」

「気にしなくていい。いろいろあって疲れているんだろう」

 マリトは立ち上がると、リリエラに優しい笑みを向けた。

「さっきの質問への答えは急がない。私は襲撃の後始末を手伝ってくる間、君はしばらくここで休んでいなさい。戻ったら別棟に空き部屋に案内するから、今日はそこに泊まればいい」

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