(6)疑念

「どうしたマリト!」

 閉じた正門の手前で馬から飛び降りながら、ザイラフ副隊長が叫ぶように尋ねてきた。門の脇の通用口の前に立っていたマリトは、落ち着かせるような口調で返す。「信号火矢でお知らせしたとおり、襲撃ですよ」

「襲撃だと?」

 ザイラフの後ろを駆けてきたゲラーズ隊長代行が、小太りの体を馬から転げ落とすようにして降り立つのをマリトは冷ややかに見守った。身体にまるで合っていない――が、装飾だけは見事な――銀色の胸甲が、隊長代行の贅肉に食い込む様子を眺めつつ、「はい、隊長代行殿。しかし既に撃退しましたので、どうぞご安心を」

「被害は?」

 隊長代行と副隊長が同時に質問してきたので、マリトはいささか驚いた。副隊長はともかく、この隊長代行が被害を気にするとは。

「人的物的、共に被害は全くありません。もっとも、今トルバイア兄弟が敵の別働隊を追撃中ですので、彼らが負傷しなければの話ですが」

「賊の狙いは何だったのでしょう?」

 今度は、隊長代行の後をついてきた秘書兼副官のラツィマーが尋ねてきた。マリトは彼に視線を移すと、隊長代行に似て無駄に華美な軍装姿の副官に答えた。

「不明です。が、どうやらこの砦の倉庫に用があったようですね」

 マリトは一行の前に立ち、正門の通用口の扉を開いて砦の中庭を見せると、隊長代行と副隊長に事の顛末を説明した。

「多少は頭の回る連中でした。商人が盗賊に襲われ仲間が負傷した、という設定で隊員を外に誘い出し、その上で砦に入り込んだのです。砦に入ると、馬車の荷台の樽に潜ませていた仲間と共に襲いかかってきましたが、全員撃退しました」

 どういう「撃退」だったのか、ザイラフ副隊長は隊長代行と秘書兼副官に目で示した。二人が追った視線の先には、東門に放置された荷馬車の周囲で倒れている賊の死体がある。

「あ、あれを一人で!?」隊長代行が目を剥いて叫んだ。が、それと同時にザイラフが「倉庫の何が狙いだったんだ?」とつぶやくように問うた。

「奴らの狙いは不明です。倉庫には予備の武器や弾薬、雑多な工具類しか置かれていません」

 マリトは最初の問いを無視して、副隊長の質問に答えた。「一番金銭的な価値があるとすれば、ラステラム弾の原料であるラステリウムと銀でしょうが、いくら最近ラステリウムが余剰気味と言っても、それほど多く貯蔵されているわけではありません。何分、奴らの狙いを聞き出す余裕はありませんでしたので」

 ザイラフはうなりながら無精ひげを撫でた。一方、自分の問いを無視された隊長代行は怒気をはらんだ声で質問を繰り返す。

「賊を全部一人で倒したのかと聞いておる!」

「はい。フルグは休んでおりましたし、トルバイア兄弟は砦の外の賊を追い払いに出ていましたので、戦えるのは私だけでしたから」

 マリトの静かな声音に、むしろ隊長代行の方が気圧された。

「信じられん……」

 冷たい目で見つめ返すマリトから目を反らし、隊長代行は秘書兼副官に救いを求めるように顔を向ける。副官は心得ていて、この場を納めるべく当たり障りのない返事で上官を慰めた。

「閣下、落ち着いてください。パルナス隊員なら、野盗なぞ何人束になってもかないませんよ」

 マリトは彼らを無視して、ザイラフ副隊長に淡々と状況報告を続けた。

「副隊長、お手数ですが後で死体の検分をお願いします。東門に四体、中庭の北東に防壁から落ちた一体、倉庫に二体です。一人は生け捕りましたが、頭を強打しているので口が利けるかどうか」

「分かった。生け捕った奴はどこにぶち込んでる?」

「司令棟の留置室です。犯罪者なので規定に従いログラムに移送しなければなりませんが、頭の傷なので帝国駐屯地の方がいいでしょう」

「よし、わしが尋問してやる」盗賊を尋問することに何か楽しみを見出せると思ったのか、隊長代行が俄然張り切った声を上げた。が、ザイラフ副隊長に制止された。

「街道の治安維持は帝国軍の仕事で、特に野盗山賊の調査はログラム自警団の管轄外です。特に俺たちパランディル隊は、賊よりも魔族を相手するために造られた組織なんでしてね。取り調べは帝国軍か、ログラムにいる帝国司法警吏に任せるべきじゃないんですか」

「彼らは隊員に危害を加えようとしたり、砦に火を放とうとしたのに、我々は尋問もできないのですか?」

 今度は副官が控え目な口調で尋ねてきたが、ザイラフはきっぱり首を振った。

「それならなおのこと、我が軍の管轄だと帝国軍は言うでしょうな」

 マリトは彼らのやりとりを聞きながら、ザイラフに小さく顔を振ってみせた。二人きりで話したいという合図を了した副隊長は目でうなずき、捕虜の扱いについてくだらない言い争いをしている隊長代行達からそっと離れた。



「よくやった。にしても、まさかこの砦が魔族じゃなくて盗賊に襲われるとはな」

「奴らは今日この砦が手薄なのを知っていたようです。何が狙いかは知りませんが、あの人数で襲撃するなら普通は夜だ。しかし白昼堂々やって来ている」

「俺たちパランディル隊の戦力を削ろうとしたのか? 魔族はともかく、賊の恨みを買う覚えはねえが」

「それなら倉庫ではなく防御施設や司令棟を狙うでしょうが、仮にそうなっても隣の帝国軍駐屯地の厄介になれば済む話です。それに奴らははっきりと倉庫を、倉庫だけを狙っていました」

 ザイラフがむうと唸って黙り込んだので、マリトは話題を転じた。「ところで、例の避難民の少女ですが」

「おう、何か分かったか?」

「名前はリリエラ・オルネット。ノルダーレントのトルンロット市から避難してきたとのことです」

「そうか。リブルデインの部隊長を倒したって言うから、それなりに名のある剣客だと思ってたが……聞かねえ名だな」

「それについて、一つ提案があります」マリトはさり気ない口調で続けた。「彼女をパランディル隊に加えるというのはどうでしょう?」

 予期せぬ提案に、ザイラフはつまんでいた無精ひげをぶちっと引き抜いた。「おいおい、本気か?」

「はい。彼女の剣についての実績は、先ほど副隊長もおっしゃったとおりです。それに剣の腕を磨くことについての意欲は充分です。鍛えれば、貴重な戦力になるかと」

 ザイラフは珍しく逡巡した。「確かに今は一人でも戦力が欲しい状況だ。だがな、身元は確かのなのか?」

「少なくとも魔族ではありません。それにトルンロットからの避難民に聞けば、身元確認できるでしょう」

「よし、分かった。だがあの隊長代行にそういう話は持って行かない方がいいな。親父さんならいいと言ってくれるだろう」

 親父さん、とはパランディル隊の隊長であるビュクセン隊長のことだ。リブルデインとの戦いで負傷し療養中だったが、近く復帰する見込みである。マリトは表情を緩めて副隊長に頭を下げた。

「ありがとうございます。隊長の復帰まで、療養中という名目でこの砦にいてもらいましょうか」

「それでいい。だがあまり長引くと、隊長代行がうるせえぞ」

「それについて、少しご相談があるのですが」

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