第1章 魔剣と少女と盗賊団

(1)報告

「そんな与太話を信じろというのか? ノルダーレントの避難民が、それも年端もゆかぬ小娘が、リブルデイン軍の部隊長を討ち取っただと?」

 マリトとザイラフ副隊長が、謎の少女が魔族軍の部隊長を斬り倒したことを現在の上官にあたるゲラーズ隊長代行に報告したのは、翌朝だった。ザイラフ副隊長は、成金趣味丸出しの鼻眼鏡と、仕立ての良い服のおかげでかなり目立たなくなっている小太りの体型をした隊長代行とは決定的にそりが合わないため、いつも以上に無愛想な態度で応じる。

「俺とマリト、フルグの三人が目撃しています。あの敵さんの首は見たでしょう? それに兜の飾りは間違いなくリブルデイン軍の部隊長の徽章だ」

「見たとも。だがあれがお前たちの誰かが……」

「俺たちは他人の手柄を横取りするほど卑しくないんでね」

 言葉で隊長代行に殴りかかる副隊長を止めるべく、マリトは静かな口調で割って入った。

「それよりも、ノルダーレント避難民がまだ残っていたという点が問題です。ログラム市参事会は何と?」

「ん? ああ、今指示を仰いでおるが、いつもと同じだろう。ノルダーレントからの客人として受け入れろ、とな」

「マリトが聞きたいのはそういうことではないでしょう」副隊長がまた突っかかった。「まだ避難する住民が残っているなら、国境を越えて救出しに行くべきではないかってことです。当然帝国軍の指揮下でやる作戦でしょうが、俺たちを動かすには一応参事会の同意が要りますからね」

「国境を越える? バカな、今の帝国軍は南部戦線に戦力を割かれて一個軍団しかおらんのだぞ? 通常の半分の戦力でそんな大それたことができるか!」

 副隊長が反撃に出る前に、再びマリトが割り込んだ。「帝国軍と言えば、査察の準備は進んでいるのですか? 秘書のラツィマー殿のお姿が見えませんが」

「『副官』のラツィマーだ。査察の件は全て奴に任せておる。今朝も日が昇る前からログラム城塞に行って帝国軍輜重部と打合せに出かけたのだ……そろそろ戻ってくるだろう」

 この場にいたら隊長代行をなだめられるであろう副官兼秘書がいないことをマリトは残念がった。昨夜の避難民騒ぎで帝国軍もそれどころではないだろうが、査察の話はもともと彼らが言い出したことだ。

 噂をすれば何とやらで、隊長室の扉が開いて副官兼秘書のラツィマーが顔をのぞかせた。

「只今戻りました、閣下」

 その呼称に、ザイラフ副隊長の唇の端が意地悪く歪んだのをマリトは見逃さなかったが、おそらく自分の口元も同じような動きをしているだろうなと思って表情を引き締めた。

「ああ、ラツィマー。査察の受け入れ準備は進んでいるか?」

 隊長代行に問われた副官兼秘書は、控えめな態度でうなずいた。

「ご心配なく、準備は進んでいます。ただし、昨夜の魔族との交戦と避難民の収容作業で、今ログラム城塞の帝国軍は大わらわです。三日後の査察もどうなるか……」

「延期になってくれれば余計な気を遣わずに済むんだがな。この忙しい時に」

 隊長代行の口から漏れた言葉に、ザイラフ副隊長は失笑を隠そうと不自然に咳き込んだ。魔獣退治や魔族軍対応で忙しいのは隊員であり、隊長代行は後方のログラム市の自邸とこの砦を往復しているだけなのだ。現に昨夜の魔族軍襲撃の際も、責任者である隊長代行がマリトは上官に向いた隊長代行の視線を逸らすべく、秘書のラツィマーに目を移した。

「そう言えば、昨夜フルグが『ラステリウムが余っている』と言っていました。在庫管理は大丈夫なのですか?」

 魔族討伐を任務とするパランディル隊の中でも、短銃で不死者や魔法生物と戦うフルグにとって、ラステラム弾は不可欠の物資だ。魔法を無効にするラステリウムと銀を一対一で混ぜ合わせた銃弾で、魔法に依存して動く魔族に対しては恐るべき効果を発揮する。

「多い分には大丈夫だと思いますが、念のため調べておきましょう。他にもお気づきの点があれば、どうぞおっしゃってください」

 秘書のラツィマーは、上品にマリトとザイラフ副隊長に微笑んだ。が、二人が他に気づいた点を口にする前に、秘書は隊長代行に向きなおった。

「閣下、そろそろ帝国軍と昨夜の襲撃の検分に出るお時間です。お仕度を」

「う、うむ、分かっておる」

 不承不承といった感じで立ち上がったゲラーズ隊長代行は、マリト達に唸るように言った。「お前たちも後から来るのだぞ。実際に戦った奴の証言が要る」

「分かっています。昨日実際に戦ってろくに休んでいませんが、少ししたら行きますんで」

 副隊長はそれだけ言うと、会釈もせずに隊長室から出て行った。マリトは一応隊長代行に軽く一礼はしたが、およそ敬意というものを感じさせない態度で退出した。



「相変わらずふざけた野郎だ。そもそも腰巾着に『閣下』とか呼ばせて喜んでやがる時点で信用できんがな」

 砦の中庭で、ザイラフ副隊長は吐き捨てるように上司を評価した。「だいいち、臨時とは言え準軍事組織の指揮官になろうって奴が、あんなもん作ろうとか正気じゃねえ」

 マリトは上官の視線を追って、中庭の西側に鎮座する木組みの囲いに目を向けた。魔族軍侵攻の初期、グリフォンやハーピーから成るリブルデイン飛獣部隊の襲撃に恐慌をきたした隊長代行は、マリトらが襲撃を苦も無く撃退したにもかかわらず、敵部隊の早期発見を目的とした監視塔の建設を命じたのだ。結局その後は魔族軍の奇襲もなく、監視塔の工事は土台だけ作って中断され、現在は中庭の西側への視界を邪魔する存在に成り下がっている。

 ゲラーズ隊長代行は、三か月ほど前にログラム市参事会から「参与」なる肩書でパランディル隊に送り込まれてきた商人である。当時は、ログラム市の北に広がる<中立地帯>に出没する魔族の数が激減し、商人が襲われる危険が著しく減っていた――それもパランディル隊の活躍があればこそだが――ため、自警団の経費節減を目論む市参事会が監視役を送り込んできたのだった。彼は魔族の知識も軍事的知識も全く持ち合わせていないが、他国にまで鳴り響いた魔族退治の専門部隊にそれらしい肩書で乗り込めることに愉悦を感じているらしく、軍の将校気取りで副官のラツィマーを伴っている――元は賭場に出入りして給料を巻き上げられていた気の毒な秘書とのことだが、それなりにゲラーズの扱いを心得ており、隊員とゲラーズの間に険悪な雰囲気な流れても、間に入って場を納める程度の才覚は持ち合わせている。最近は雇い主に影響されたのか、自前で仕立てた小綺麗な身なりで「軍人」ラツィマーの付属品役を買って出ていた。

 マリトは副隊長の辛辣な意見に内心同意しつつも、明確に同意することは控えて話題をそらそうとした。

「もうすぐビュクセン隊長が復帰されるのが救いですね」

「おう、そうだな。しかし隊長が戻っても、あの成金野郎がそのまま居座る可能性もあるから油断は出来ねえ。何事も無かったみてえに、リブルデイン侵攻前の『参与』とやらに戻る気かもな」

 ザイラフ副隊長は、苦々しげに隊長代行のいる指揮官棟を振り返った。

「さすがに参事会も、魔族軍が隣国に侵攻したという状況で素人に口出しさせる体制を続けるとは思えませんが」

 それでも楽観はできない、とマリトは口にせず、話題を転じた。

「ところで、昨夜のあの避難民の少女についてですが」

「何か分かったか?」

「まだ何も。あれからずっと眠り続けていますので……診療室の寝台を占領するような怪我は負っていなかったので、館の広間に寝かせていますよ。一緒に来られますか?」

「ああ。隊長代行殿のお供に出るのは、もっとゆっくりでいいからな」

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