魔剣はもっと冷酷な

倉馬 あおい

序章

 避難民を追ってきた不死者の首を斬り飛ばすと、マリトは馬を捨てて徒立かちだちになり、後続の魔族軍の前に立ち塞がった。灰色の胸甲を付けた軽装のエルフ兵が一瞬立ち止まると同時に、マリトは脚力をバネにして前方に跳び出し、敵が構えを取るより先に間合いに踏み込んで、その胴を払いながら脇を駆け抜ける。その魔族兵が夜の台地に倒れる頃には、マリトは後続の敵兵を二人斬り伏せていた。

「マリト、避難民はまだいるか?」

 彼女の後ろから声が飛んできて、騎乗のザイラフ副隊長が追いついてきた。目の前の敵を一掃したマリトは、振り返らずに愛刀を納めながら答えた。

「おそらくもういないと思いますが、念のためもう少し国境近くまで行ってみます」マリトはそう言ってから、切れ長の目で馬上の上官を仰ぎ見た。「副隊長は避難民の退避を指揮してください。隊長が療養中の今、あなたが指揮官ですよ」

「俺が指揮官って柄か。それに作戦なんざいらんだろ? 帝国軍が避難民を収容してる間、俺たちがリブルデイン軍を足止めするだけだ」

「足止め?」マリトは不敵に微笑む。月光に照らされた黒髪の麗人の表情に、馬上の副隊長は気圧されたように手綱を握りしめた。

「おいおい、まさか……」

「帝国軍からの指示は明瞭です。北からの避難民の救助と、それを追ってくる魔族軍の撃退。避難民は一人でも多く収容し、魔族軍は一人でも多く倒せ、です」

 ザイラフ副隊長が口を開きかけた時、国境の向こうから、さらに魔族軍が侵入してくるのが見えた。数は少ないが、おそらく今回の小規模な作戦を指揮している本隊だろうとマリトは目星をつけるや、指笛で馬を呼んだ。

「突っ込むか」副隊長は当然という感じで剣を抜いた。

「あくまで避難民の保護が優先ですよ」マリトは駆け寄った馬に飛び乗った。その脇を、音もなく銀色の大型獣が駆け抜けていく。

「こら、フルグ! 抜け駆けするんじゃねえ!」

 副隊長は馬腹を蹴って、大型獣の背に跨る部下を追う。マリトは後ろを振り返って、後続の味方部隊がこれ以上来ないことを確かめてから、彼らの後を追った。わずか三騎で魔族軍の部隊に突撃するなど正気の沙汰とも思えないが、魔族退治の専門部隊にはその位は期待されているのだろうとマリトは納得しつつ、上官を追い抜いて銀色の巨大な猫科動物に跨る少女に声を掛ける。

「フルグ、短銃に弾丸は残っているか?」

「撃ち尽くした」短く答えた少女の声は、顔の下半分を覆う狼の面頬のせいでくぐもって聞こえた。「今日は不死者がそんなにいないから間に合ったけど、最近ラステリウムの在庫が余ってる割に、ラステラム弾が不足してるから困ってる」

 それは妙だとマリトが答えかけた瞬間、前方から矢が飛んできた。マリトは軽く上体をひねってかわし、フルグは腰に帯びていた短剣を引き抜いて矢を払い落とす。矢を放った魔族軍の射手が次の矢を放つ前に、二人は間合いを詰めて魔族兵を斬り捨てていた。

「敵の本隊にしては、数が少なくねえか」

 追いついてきたザイラフ副隊長が、二人に向かって疑問を口にする。しかし部下たちは、目の前の光景に瞠目し、上官の質問に答えるどころではなかった。副隊長も彼女らの視線を追い、そして息を呑んだ。

 月明りの下で、一人の少女が踊っている。その傍らには、何体もの魔族兵が平原に横たわっていた。少女の手にはひと振りの剣が握られ、その刃が月光に煌めくたびに、少女に襲い掛かろうとする魔族兵が倒れていく。

 その光景に心を奪われかけたマリトは、少女はおそらくノルダーレントからの避難民であること、彼女は踊っているのではなく、踊るように優雅な動きで魔族を斬り倒していること、そして彼女の手にあるのは東方剣――マリトが腰に帯びているような――だということに気づくまでに数瞬を要した。そしてその時には、少女と対峙している魔族はもう一体だけ――戦場で人目を引く甲冑を着込んだ、明らかに部隊長と思われる大柄な魔族兵だけになっている。

 ふと月が雲に隠れた刹那、魔族兵が動いた。さすがに部隊長らしく、それなりに剣を遣うとマリトが見て取るうち、魔族兵の持つ両手剣が鬼気迫る勢いで少女に何度も襲い掛かる。

「!」

 マリトの目は、少女の異変を見逃さなかった。相手の動きを見切っているのに、体が回避動作に付いてこないのか、わずかに少女の足下が揺らいだ。マリトは馬を駆けさせたが、少女の隙に気づいたのは魔族兵も同じだったらしく、細身の両手剣を素早く手元に引き付けてから、少女めがけて渾身の突きを繰り出した。

 間に合わない、と馬上からマリトが何か叫ぼうとした瞬間、少女は軽く左後ろに跳び下がりつつ、手にした東方剣を立てて敵の刺突を受け流した。そして、打突に失敗した敵が剣を引くのに合わせて大きく跳び出すと――。

 再び月が雲から顔をのぞかせた。マリトは、追いついた副隊長たちと共に、月下に転がった魔族軍部隊長の首を半ば呆然と眺めていた。首を失った魔族兵の胴体が倒れる音で我に返ったマリトは、魔族を討った少女が、何事もなかったかのように血振りをして剣を納め、そして全身の力が抜けたかのようにその場にくずおれるのを、夢現のように感じながら見守るしかなかった。

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