強力な保護者達
「スポンサー……ですか?」
「そうですよ、筑波さん。正確に言えば『後援』としてクレジットされている企業や団体のことですが」
アイドル甲子園の後援は、かなり知名度のある企業が名を連ねている。芸能関係の書籍や雑誌を取り扱っている出版社やレコード会社、マスコミ、芸能事務所が多い。
「それで、その後援企業が男子の部設立と何の関係が?」
「我々は後援企業に多額の寄付をお願いする見返りとして、様々な便宜を図っています。例えばマスコミ――特にテレビ局で言えば、独占放送権を与える、とかですね。結構評判ですよ。値段の割に数字が取れる、コスパのいいコンテンツだと。
男子の部設立に話を戻しますが、仮に男子の部を設立した場合、果たして後援企業にどれほどの利益を生み出せるのか、そもそも成功するのかという疑問もあるわけです。最悪、男子の部設立によってアイドル甲子園が終わる可能性もあります。彼らは莫大な利益を生み出すアイドル甲子園の弱体化や消滅を嫌いますからね、リスクを恐れて反対するのは目に見えています」
Glorious Tailの三人は絶句してしまった。なぜなら、神尾委員長の言っている事は要約すると――。
「それって完全に営利目的じゃないですか!!」
「学生競技なのに……そこまでするか……?」
「さすがにやりすぎだと思いまーす」
三人は猛烈に反対したが、神尾委員長は一切表情を変えなかった。
「あなた達の言いたいこともわかります。ですが、たとえ学生大会だとしても大会を開催するのに多額のお金がかかるのも事実です。会場を借りる費用、設営費、警備費などなど、たくさんお金がかかります。だからお金を持っているところに出資をお願いするのです。なるべく多く出資してもらうためには、対価が必要なのです。
これも全て、あなた達が安心して全力を出してもらうために必要な事なのです。理解して下さい」
ぐうの音も出ない正論。朱音達も神尾委員長の言いたいことは理解できるが、心では納得していなかった。
なによりここで納得してしまえば、朱音達は紅太達Awaiauluの犠牲によってアイドル甲子園に出場するも同然だからだ。
会議室に沈黙が流れる中、突然バンッと大きな音を立てながら勢いよくドアが開いた。
「随分保守的なお言葉ですね。いつからそんなケチな人間になったのですか、先生?」
「あ、あなた達……」
会議室に入ってきたのは、朝日 詩音、紀伊 珠美、木戸 春美の三人。それぞれ紅太、蒼司、菜月の母親達であった。
「み、皆さん……どうしてここに……それに先生って……?」
「朱音ちゃん、藍花ちゃん、月華ちゃん、文化祭ぶりね」
「息子達からあなた達のやろうとしていることについて聞いたから。夢を追っている子の親として、先達として助けてあげようと思って」
「色々聞きたいことはあると思うけど~、ちょっと後にしてくれるかな~?」
実は詩音をはじめ母親三人組は、挨拶程度ではあるがGlorious Tailと顔を合わせている。雲鳥学園でライブを行うときに、息子達が世話になっていると言うことで挨拶をしていたのだ。
その時は朱音達にとってはただの父兄という認識だったのだが、アイドル甲子園実行委員会の会議室に入れたこと、神尾委員長の事を『先生』と呼んだことに疑問を感じずには居られなかった。
そんな朱音達を尻目に、詩音達と神尾委員長の応酬が繰り広げられた。
「さて、もう一度同じ事を言いますが、私達の知る先生と同一人物だとは思えないくらい変わってしまわれましたね」
「私達が高校生だった頃、アニメに感銘を受けて『アイドルで全国の高校生と勝負をしたい』と夢物語のような要望を出したわたし達に応えようと、先生は色々駆け回って下さいました」
「あの頃の先生は~、熱血教師って感じでかっこいいって思ってました~。でも今はお金事ばかり口にしちゃって。どうしちゃったんですか~?」
朱音達を相手にしているときよりは表情が揺らいできたが、それでも神尾委員長はなおも冷静に答えた。
「あなた達もいい大人になったんだからわかるでしょう。お金とは責任です。差し出されたお金に対し責任を持つ。商品を売るなら商品の品質に対して、サービスならサービス内容に対して責任を果たさなければなりません。
アイドル甲子園も規模が大きくなり、あなた達の時代とは考えられないくらい大金が動くようになりました。なら、その大金に対して責任を持たなくてはなりません」
「……なるほど。今の言葉でハッキリわかりました。その責任感の大きさは変わっていないようですね」
「『変わってしまった』と言った私達の先程の言葉を訂正させて下さい。先生は今もお変わりない」
「根っこは昔の先生のままでした~。わたし、安心しましたよ~」
神尾委員長はお金の話ばかりするため守銭奴に見られてしまうことが多いが、実はそれは間違いだ。本当の彼女は責任感を強く感じる人であり、最近は特に支払われたお金に対して責任を持とうとする。
そのため、守銭奴に間違われやすい発言を多々してしまうのだ。
「では、私から1つ提案があります。息子達を後夜祭に出演させるのはどうでしょう」
「後夜祭……ですか」
詩音が提案した『後夜祭』とは、アイドル甲子園の全プログラムが終了した次の日に行われる特別なライブのことだ。アイドル甲子園に出場した生徒全員がその場のノリで他校とコラボして出演する。
そのため、アイドル甲子園ウォッチャーの間では『お祭り』『夢の共演』と言われていたりする。
「……確かに、詩音の言うとおり後夜祭に出演させるのはアリかもしれない。後夜祭はその性質上、何でもアリのような雰囲気がある。男子が出演する枠を作っても許容されるはず」
「それに~、後援企業へのアピールにもなりますよね~。男子の部を作ってもアイドル甲子園が消滅するどころかさらに盛り上がるって、確信してもらえるかも~」
珠美と春美も詩音の提案に賛同する中、神尾委員長は深くうなずいた。
「確かに、朝日さんの提案は一考に値する――いえ、最善の策ですね。いいでしょう、Awaiauluの三名をアイドル甲子園の後夜祭に招待します」
その言葉を聞き、詩音、珠美、春美の三人は笑みがこぼれた。そしてGlorious tailの三人は、珍しく声を上げて大喜びした。
「これで紅太君達は出場できるんですね……!」
「やった……! 本当に……良かった……」
「あの三人にいい報告が出来るよー!!」
一通り喜んで場が落ち着き始めると、神尾委員長が釘を刺すように念押しした。
「朝日さん、紀伊さん、木戸さん、帰ったら息子さん達に伝えて下さい。アイドル甲子園に男子の部が創設されるかどうかは、この後夜祭でのあなた達の活躍次第だと」
「はい。必ず伝えます」
「……まぁ、私達から言わなくてもわかってると思いますけど」
「夢の実現まであと一歩なんですから~。絶対に本気で全力を出すと思いますよ~?」
Awaiauluiの出演についても決まり、会議は終了。そのまま各自帰宅する流れになったのだが……。
「あの、お母様方!」
「あら、何かしら筑波さん」
母親三人組を呼び止めた声があった。朱音だった。もちろん後ろには藍花と月華もいる。
「聞いていないことがあります。あなた達が何者なのか」
「なぜ運営委員会本部に入れたか……謎です……」
「それにー、委員長のことを『先生』って言ってたのも気になりますよー」
「そういえば、後で答えるみたいな態度を取ったわよね、私達。いいわよ、答えてあげる」
そして詩音達の口から語られたのは、とんでもない内容だった。
「先生と私達の会話を聞いてちょっとは察したと思うけど、元々アイドル甲子園が出来たのって私達がきっかけなのよ」
「私達がアイドルで全国の高校生と勝負したいって言い出したの」
「その時~、大会を開くのに色々と動いてくれたのがわたし達の担任の先生だったんだ~。今アイドル甲子園実行委員会の委員長になってる人なんだけど~」
なんと、詩音達はアイドル甲子園設立のきっかけになった人物で、しかも神尾委員長は高校時代の担任の先生なのだという。
あの『先生』呼びはこういう経緯があったからなのだ。
「それで無事に開けたアイドル甲子園で私、珠美、春美の三人でユニットを組んで出場して、優勝したの」
「ま、今と比べて規模が小さかったから、今の出場校と比べればつたないかもしれないけど」
「初めての優勝者って事とアイドル甲子園設立のきっかけになったって事で~、高校卒業した後にはアイドル甲子園の運営に意見できる立場になったんだよね~。あんまり口出ししなかったけど~」
さらに、第1回アイドル甲子園優勝者、さらには実行委員会に対する影響力をある程度持っているという。
衝撃の事実の数々に、朱音達は頭が真っ白になってしまった。結局情報を整理して理解できたのは、家に帰って寝る前だった。
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