菜月の挑戦

~菜月side~

 

 話は数日前に遡る。

 この日、菜月は紅太からどんな楽曲が送られてきても対応出来るようにするべく、衣装のデザインを色々考案しアイディアを温めていた。菜月の趣味も兼ねているが。

 ちなみに新アイディアの糧とするべく、菜月のタブレットにはAwaiauluの衣装が全て保存されており、時節見返すようにしている。

 そんな作業をしていた菜月の部屋に、一人の人物が訪れた。


「あら~、今日も衣装のデザインやってるの? 精が出るわね~」


 菜月の口調に似ているこの人物は、菜月の母、木戸 春美だった。菜月の実家である服飾店のオーナーであり、色々なところから洋服のデザインの依頼を受けている著名デザイナーでもある。


 「うん~。この前は新衣装に手こずっちゃったからね~」


 菜月はパソコンから目を離さずに返事をすると、春美は再び口を開いた。


「ねぇ、菜月。お母さんそろそろ、新しい技術を教えようかな~って思うんだけど~」


「え~? そうなの~?」


 菜月はやっとパソコンから目を離し、春美の方を向く。そしてその話に興味を示すように姿勢を整えた。


「うん~。アイドルの衣装って色々あるでしょ~? その中には、ステージに使うためだけの技術を使った衣装もあるのよ~。例えば~……早着替えとか」


 早着替え。衣装に仕込まれた仕掛けを作動させることで、異なる衣装へと一瞬で変わるステージ用衣装の1つである。


「早着替え……おもしろそう~!」


 春美からの話を聞き、菜月は目を輝かせた。どうやら興味を引かれたようだ。


「うん~。それじゃあ基本的な早着替えの原理から勉強していきましょうね~」


 こうして菜月はアイドルの技術を学びながら新しい衣装づくりを始めたのだった――。

 そして菜月は学習能力が高かった。たった数日で実用レベルにまで早着替えの衣装を作る技術を身につけてしまったのだ。


「ここまで技術を物にしてしまうなんて……。すごいわ~、菜月くん~!」


「ありがとう、お母さん~。せっかく教えてもらったんだから、すぐステージの衣装を作ってみたいな~」


「だったら、紅太くんに頼んでみたらいいんじゃないかしら~?」


「なるほど~。それがいいかも~」


 というわけで、菜月は紅太に衣装を頼もうと決意したのだった。


~紅太side~


「――っていうことがあって~」


 菜月は経緯を話し終え、一息ついた。なるほどな。

 つまり、菜月は新しい衣装を作る技術を習得したから、実際にパフォーマンスで使えるかどうか試したいのか。

 俺としても興味をそそられる話だ。早着替えの衣装は、観客へ強いインパクトを残す効果があるし、なにより菜月の成長に繋がるだろうしな。


「わかった。早着替えを取り入れる前提の曲を考えてみるよ。もちろん、貝吹さんが言ってたテーマを外さないようにね」


「振り付けは俺に任せろ。早着替えを取り入れたダンスを作ってみせる」


「紅太君、蒼司君、ありがと~!」


 こうして、俺達Awaiauluは次のライブに向け、早着替えを取り入れる曲を制作することになった。


~杏花side~


 次のライブでAwaiauluをゲストとして迎えることが決まってから数日後。宝泉寺女学院アイドル部では、部長の貝吹杏花を中心にレッスンを重ねていた。


「今日はここまで。お疲れ様」


『お疲れ様です、杏花様』


 ここで、宝泉寺のユニットについて説明しておく。宝泉寺のエースであるアイドルユニットは『バードクラス』と言うのだが、このユニットは他校のユニットとは違ってかなり特殊なシステムを取っている。

 バードクラスは五人で構成されるのだが、披露する曲によってメンバーが入れ替わる。杏花ただ一人を除いて。つまり、バードクラスとは杏花のためだけのユニットであり、一曲毎に別のメンバーと入れ替わるというわけだ。


 ちなみに、この話は全国のアイドル部員やアイドル甲子園ウォッチャーの間では有名な話で、アイドル甲子園のルールでは杏花以外のメンバーは演出担当扱いとなりソロの部での出場を許されている。


「歌、ダンス、演出、全てが完璧に仕上がりつつあるね……。私の人生の中で最高とも言えるほどに!」


 元々杏花は、小学校低学年の時に見た少女マンガの王子様を見て衝撃を受け、『自分もこうなりたい!』と願うようになった。

 だが、女子なのに王子様っぽい言動や仕草をすると周りから浮いてしまい、いつしか『なりたい自分』を押し殺してしまうようになった。


 転機が訪れたのは、宝泉寺女学院中等部に進学した時のこと。男が一部の教職員しかいない、ほぼ女性だけしかいない女子校において王子様キャラは非常にウケが良く、杏花は今まで通りでも浮いてしまわないどころか『王子様』として注目、そして憧れの的となったのだ。

 さらにその王子様然とした立ち振る舞いに注目した当時のアイドル部部長からスカウトを受けアイドル部に入部。メキメキと頭角を現し、現在は部長を務め、全国屈指のユニットであるバードクラスのトップアイドルとして活躍している。


 そんな杏花だが、ついに待ち望んでいた1つの野望が実現する日が来たのだ。


「今まで公私問わず理想の王子様を目指していたわけだけど……自分がどれくらい王子様をやれているかわからなかった。でも、今度のライブでは男の子をゲスト出演させることが出来た。

 彼ら……Awaiauluを倒して、男の子よりもかっこいい王子様だと証明してみせる!!」


 杏花の目的は、男子よりもかっこよく理想的な王子様である事を証明すること。そのためにAwaiauluをライブに招待したのだ。


「さぁ、いつでも来なよ、Awaiaulu! キミ達を圧倒的な実力で倒し、僕が真の王子様である事を証明してみせる!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る