初ステージの火花

 本番当日。

 会場となるステージの裏には楽屋代わりのテントがいくつも張られている。そのうちの一つに俺達はあてがわれ、その中で準備を行うのだ。


「イスとテーブル、それに姿見と卓上の鏡が用意されているな。楽屋としては必要な物が揃っている」


「それと~、あれもうれしいよね~」


 菜月が指し示したのは、小型テレビだ。これはステージの様子を映すための物で、真正面からステージを見られない俺達にとってはありがたい。


「お、アイドル部の出番だ」


 楽屋に入ってしばらくすると、雲鳥学園アイドル部の出番となった。

 ステージの内容は、臨時のユニットを組んで複数人で歌う場合とソロで歌う場合の両方があった。

 ただ共通する事として、全員一曲しか歌っていない。


「う~ん、なんでみんな一曲しか歌わないんだろうね~」


「新入生だからだな。一曲ステージで歌うだけで精一杯なんだろう。むしろ二曲歌おうとする俺達の方が異常だ」


「その代わり、アイドル部の枠をまとめて取ってるみたいだぜ。一組15分の枠に囚われない代わりに、一組一曲しか歌わない」


 だが、出演した全てのアイドル部員に何かしら光る物を感じる。確かに新入生の中で『有望な子』が出るステージだと言える。

中でも一番光って見えたのは。


「次が俺達に宣戦布告した、小日向さんのステージか」


「ソロで出るんだな。相当高い実力があるとうかがえる」


「ワクワクするな~」


 ステージに小日向さんが出てきた。一人で出てきたところから、どうやらソロで出演するらしい。

 衣装は雲鳥学園アイドル部の標準衣装。紺色の鼓笛隊みたいな衣装だ。

 そして歌う曲は……。


「へぇ、『輝きのスタートライン』か」


「確か、Glorious Tailの代表曲だよな?」


「よっぽど期待されているんだね~」


 『輝きのスタートライン』は、Glorious Tail最初の曲でありユニットを象徴する曲だ。クールポップな曲調で、キラキラという輝きを表現する効果音が入るのが特徴。

 歌詞は『これから輝ける物語を書くんだ』という内容の、Glorious Tailの象徴としてふさわしい曲だ。

 ダンスはスタンドマイクを使う方式で、小日向さんもスタンドマイクの前で立っている。


『♪~』


 演奏が始まった。小日向さんもそれに合わせて歌い踊り出す。


「上手いな……」


「ああ。それに初めてのステージなのに一切物怖じしていない」


「あれだけ自信満々なのも、ハッタリじゃなかったんだね~」


 他のアイドルと比べると歌唱力もダンスのキレも段違いだ。さすがは『輝けるスタートライン』を任されるだけあると思う。

 そして歌い終わると、今日一番じゃないかと言うくらいの拍手と声援が会場にあふれた。


「Awaiauluの皆さん、準備お願いします」


 スタッフの人から、自分たちの出番だと伝えられる。俺はジュンケルを一気に飲み干すと、ヘッドセットを付けた。

 蒼司と菜月もヘッドセットを付け、準備万端だ。

 ステージ裏に向かうと、たった今ステージを終えた小日向さんとすれ違った。


「お疲れ様、小日向さん。良いステージだったね」


「それはどうも。それより、次はあんた達の出番でしょ? あたしの後の番になって不運ね。あたしのステージと比べて霞んじゃうから」


 すごい自信だな。でも、確かにその自信に裏打ちされた才能が彼女にはある。それはさっきのステージが証明している。

 でも、俺達だって負けられない。


「うん、こっちのステージだって良いものになるって自信あるよ。それぐらい良いステージが狙えると思ってるから」


 俺のその発言に小日向さんは何故か黙りこんだ。あれ、気に触るような言い方しちゃったかな?


「…………あは♪」


 と、沈黙を貫いていたかと思うと、突然小日向さんは笑い出した。


「楽しみにしてるね。あんた達のステージ」


 そう言って小日向さんは楽屋へと入っていった。俺たちはその後姿を見送ると、すぐにステージ裏へと向かったのだった。



 

~小日向つむぎside~

 

 Awaiauluと言葉を交わしたつむぎは、楽屋のテントに戻るとすぐモニターを見た。


「見て、イスがステージに!」


「Awaiauluでイスと言えば、『アウアリイ』だよね?」


 同室になった同級生のアイドル部員達が騒ぎ出す中、つむぎはモニターを凝視した。その画面に映っていたのは……。


「来たわね、Awaiaulu……!」


 勝負とばかりに両腕を組んで不敵な笑みを浮かべるつむぎ。その様子を他人が見れば『カッコいい』と言うだろう。


「初めてステージに立つあんた達がどこまで出来るか、見させてもらうわ」


 やがてAwaiauluの3人がステージへ入場。それぞれイスに座ったところで音楽が流れる。


『♪~』


 Awaiauluの3人は、イスに座りながら歌い踊る。ネット上でも評価された、着座タイプのダンスだ。


「なかなかやるじゃない……」


 初ステージで堂々と、投稿された動画とほぼ同じパフォーマンスが出来るAwaiauluを見たつむぎは、素直に彼らを賞賛した。

 やがて『アウアリイ』はフィニッシュを迎えた。ここまでトラブルは一切無い。きちんとレッスン通りのパフォーマンスが出来た証だ。


『みなさーん、俺達は』


『『『Awaiauluです!!』』』


 一曲目を歌い終えた彼らは、MCパートに入った。


『俺達の初めてのステージ、見て頂けましたか?』


 紅太がMCを始めると、会場からは「ワーッ!」という歓声と拍手が起こる。中にはAwaiaulu目当てで来た人も多いのか、雲鳥学園アイドル部では耳にしないような声援も聞こえた。


『ありがとうございます! さて、俺達の事を知らない方のために、俺達の事について説明します!』


『俺達はアイドル甲子園出場、そして優勝を夢見ている。だが、それは叶わない夢だった。なぜなら、アイドル甲子園は女子しか出られないからだ』


『だから、僕達でアイドルユニットを結成して、男子の部を設立させようって活動を始めたのがAwaiauluなんだよね~』


 それからAwaiauluのメンバー紹介という流れになった。


「MCだ……。私達、そこまで出来ないのに……」


「しかも、盛り上がってる……」


 楽屋の中の同級生が、このMCに動揺していた。同じ一年生で、正式に部活動にも参加していない彼らが、自分達よりも一歩先に進んでいることを見せつけられたからだ。

 つむぎも、内心動揺していた。そして悔しくて歯噛みした。

 

『実は、今日のステージのためにもう一曲用意しています』


『このステージのために作曲してきた』


『『アウアリイ』とは全然雰囲気が違うからビックリしちゃうかもしれないけど、絶対に後悔させないから~。では、聞いて下さい~』


『『『Must Win Buttle』』』


 三人の宣言と共に、新たな音楽が流れた。『アウアリイ』とはまた違う、重低音が響く曲だ。

 歌詞は負けられない戦いに挑む心情を表現しており、決闘前夜のようなシリアスな印象だ。

 そして極めつけは、一番と二番の間の間奏。ここで殺陣を披露し、会場のボルテージは最高潮に達する。


「すごい、殺陣だ……」


「結構激しいよね……。どれくらいレッスンしたんだろう……?」


「私達には無理……。いくらアイドルだからって……」


 同級生達が各々の感想を言い合っている中、一人がある事に気がついた。


「ねぇ、なんか……本当に殴ってない?」


「あ、本当だ!マジで殴ってる!!」


「でも、全然息も体感も乱れてない! どうなってんの!?」


 同級生達は紅太達が本当に殴って殺陣をしている事に驚きを隠せない。だが、そんな事は気にせず紅太達はパフォーマンスを続けていた。

 この激しさのまま二番に突入。

 紅太達は、激しい動きで襲い来る疲労を抑えつけながら必死にパフォーマンスしている。

 そんなあり得ない光景に、同級生達の驚愕は止まらなかった。


「嘘!!  あんなに動いたのに全然息切れしてない!!」


 そう。紅太達は殺陣の激しさをものともしていないのだ。


『♪~』


 そしてようやく、曲が終わった。


「すごい……」


 同級生達が思わず拍手をする中、つむぎは一人モニター越しにAwaiauluを見つめていた。


「これが……あんた達の力……」


 Awaiauluが歌い始めたあたりから、周りの雰囲気が変わった事は感じていた。だが、ここまでとはつむぎは予想もしていなかったのだ。


『ありがとうございました! この後も市民祭りを楽しんで下さい!!』


 Awaiauluのステージが終わるやいなや、つむぎは楽屋を飛び出し、ステージ裏まで駆けていった。

 つむぎがステージ裏に到着したタイミングでAwaiauluの3人はステージから降りてきており、すかさず紅太達に話しかけた。


「ねぇ。なんでパフォーマンスで本当に殴り合ったの?唇も切れてるじゃない」


「あ、本当だ。気付かなかった」


「寸止めすると芝居っぽくなるからな。だから本気で殴り合った方がいいと判断した」


「それに、僕達息が合うからね~。致命的な怪我にはならないんだ~」


 3人の答えに、つむぎは絶句した。いくら致命的な怪我にならないとはいえ、現に紅太は唇を切るという怪我をしている。なのに、それを承知で本気で殴り合うパフォーマンスを行うのは、つむぎには全く理解できなかった。


「俺達は夢に向かって本気でこの活動に取り組んでいる。今日のパフォーマンスは、その覚悟を示したつもりだ」


「え、いや……そんな……」


 紅太の発言につむぎは動揺を隠せない。そんなつむぎを横目に、3人は楽屋へ引き上げていった。

 楽屋へ向かうAwaiauluの3人を見送りながら、つむぎは夢に向かって全力で進もうとする3人の姿勢に尊敬の念を抱いた。


(あたしは、このステージが成功したらとりあえず満足だった。第一段階クリアってやつ。でも、あんた達の第一段階は、もっと遙か先だ)


 紅太達の歩む道は、つむぎの歩む道寄りも遙かに険しい。だから、覚悟の決まり方も学生アイドル活動も、つむぎ達とは次元が違っていた。


(これは、もう負けてられないわね……)


 つむぎは3人のパフォーマンスに感化され、自分もさらに上を目指すことを決意したのだった。

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