ステージに向けて

~小日向 つむぎside~


 翌日。つむぎはアイドル部のレッスン室でレッスンを行っていた。練習しているのは『輝きのスタートライン』。本来はGrolious Tail最初の曲であり、Grolious Tailを代表する曲だ。

 昨年のアイドル甲子園の覇者であるGrolious Tailの代表曲を任されるあたり、つむぎの才能は一目置かれている証だ。「ふぅ……」

 レッスン終了後、つむぎは一人休憩室で水分補給をしていた。すると彼女のスマホに着信が入った。


「もしもし?」


『もしもしお姉ちゃん? あたしだけど』


「ああ、美羽みう?」

 

 電話の相手は小日向 美羽。つむぎの妹で現在小学五年生だ。


『もうレッスン終わったの? 今度市民祭りでやるステージなんでしょ?』


「うん、そう。結構良い感じに仕上がってきているからさ、ステージを乗っ取れると思う」


『そっか。あたしも楽しみにしてるね! だってお姉ちゃんは、あたしの一番のアイドルだもん!!』


 その後何度か言葉を交わした後、つむぎは通話を終えた。


(あたしの一番のアイドル、か……)


 小日向姉妹は、幼い時から歌とダンスを習っていた。その時からつむぎは才能を発揮していたらしい。

 その時から、妹の姉に対する尊敬の念が生まれた。そしてその思いは年々強くなっていき、現在では『必ずアイドル甲子園で優勝できる』と信じている。

 この思いを知ったつむぎは、妹の信頼を裏切るわけにはいかない、絶対にアイドル甲子園に出場して優勝するという思いを胸に誓った。


(……そうよ。絶対にアイドル甲子園で優勝するんだから、デビュー戦早々無様な姿を見せるわけにはいかない。妹のためにも!!)


 改めて決意を胸に誓ったつむぎは、今日のレッスン記録をノートにまとめ始めた。



~Awaiaulu side~


 市民祭りの会議の翌日、俺達は俺の家のスタジオに集まった。

 

「市民祭りのステージなんだけど、『アウアリイ』の他に新曲を作って疲労しようと思うんだ」


「だと思った。まぁ、悪くない判断だと思うぜ?」


「やっぱりそうだよね~。15分ももらえるんだから、二曲くらい歌いたいよね~」


 蒼司も菜月も、新曲を披露することに賛成してくれた。


「だが、『アウアリイ』以外の曲か……。何かコンセプトはあるのか、紅太?」


「それなんだけどさ、どうしようか考え中。一応市民祭りに合う曲にしようかな~とは考えているんだけど……」


 俺と蒼司が頭をひねっている中、菜月が突然口に出した。


「そういえばさ~、市民祭りって、どんな人が来るんだっけ~?」


「それは……家族連れが多いんじゃないか? 夏祭りみたいにデートにも行けるって感じではないし」


「確かにな。事実、ヒーローショーも上演されているんだ。明らかに家族、特に小学生以下の子供が多いだろう」


 蒼司の言葉が、俺の脳内に刺激を与えた。


「それだ! 子供をターゲットにした曲を作るぞ!!」


「子供をターゲット?」


「どんな曲なのか、聞かせて欲しいな~」


 俺は曲のテーマを話した。まずは、子供にウケる物は何かについてだ。


「ヒーローショーに代表されるように、子供ウケが良いショーの1つはアクションだと思う」


「確かにな。あのアクロバティックな動きは、ストーリーを抜きにしても目を引く」


「それに、最近は女の子向けのアニメでもアクションが多かったりするしね~」


「その通り。だから俺達Awaiauluの新曲のテーマは『バトル』。激しい殺陣を取り入れた曲にするつもりだ」


 俺の説明を聞いた蒼司と菜月は、なるほど、と納得した。


「良いんじゃないかな~? 『アウアリイ』とは違う僕達が見せられるしね~」


「ああ。それにAwaiauluのダンス担当としては、新しい挑戦になってワクワクするな」


 それから数日後、俺は新曲『Must Win Buttle』を作曲した。意味は『勝たなければならない戦い』。かなり重低音が響く、負けられない戦いに挑む心情を歌った曲だ。

 それから蒼司が振り付けを行い、ひとまず形になった。そして俺達は蒼司の家のダンススタジオで振り付けの練習をしていたのだが……。


「ガッ!?」


「グッ!?」


「ウェッ!?」


 一番の見所である殺陣で躓いてしまった。

 殺陣はあくまで魅せるための演技であって相手を本当に殴る必要は無い。むしろ寸止めにしておく必要があるのだが、どうしても息が合わず本当に殴ってしまうのだ。


「ダメだ。何回やっても当たっちゃう」


「かと言って寸止めにすると、どうしても演技っぽさが抜けきれない……」


「もぉ~、どうすればいいのさ~!」


 振り付けに関しては完璧なのに殺陣が上手くいかないことに、俺達は頭を抱えてしまった。


「どうする? 振りを見直してみるか?」


「いや……このタイミングじゃ市民祭りまで時間が無さ過ぎる……」


 そう、俺達には時間が無かった。本番まで一週間を切っている。そんな短い期間で完成度を100%まで到達させるのは至難の業だろう。


『諦めるしかないのか……』と俺が諦めかけたその時、ダンススタジオにある人物が現れた。


「本当に殴ればいいんじゃないかしら?」


「母さん!?」


 現れたのは蒼司のお母さん、紀伊 珠美さんだった。このダンススタジオを開設し、ダンス教室を開いた人物である。もちろん、ダンスの腕前は僕が知る中でトップクラスだ。


「いい、みんな。殺陣をやるときに悪い意味で演技っぽくなって悩むくらいなら、思い切って本当に殴ったり蹴ったりするのも1つの手よ」


「母さん、そんなことをやったら怪我を……」


「言っとくけど、誰彼構わずこんなこと言わないわよ。あんた達が信頼できる間柄だから言ってるの。よく見てみなさい、確かに攻撃は当たっちゃってるけど、大した怪我してないじゃない」


 言われてみれば確かに、ちょっとした出血どころかアザすら出来ていなかった。誰も『ついさっきまで殴り合った』なんて思わないだろう。


「それはあんた達の息が深いところで合っている証拠よ。攻撃が当たっても怪我しないように無意識のうちにコントロールしている。だったら思い切ってお互いを信頼して、本当に殴り合う殺陣になってもいいんじゃないかしら?」


「確かに。寸止めにこだわって肝心な殺陣が疎かになったら本末転倒だ。それが怪我に繋がるのなら、いっその事負傷覚悟で思い切りやった方が良いかもしれない」


「蒼司の言う通りかもな! とりあえず一回やってみようぜ!」


「そうだな! よしっ、やるか!!」


 俺達は再び振り付けを始めた。今度はお互いを信頼し、本気で殴り合うように……。するとどうだろう、さっきまでのぎこちなさが嘘のように動きが変わったのだ。


「うん、さっきより完成度が上がった気がする」


「それに怪我もほとんどない。イケるぞ」


「まぁ、痛いのは痛いけどね~」


 よし。このまま本番までブラッシュアップを続けよう!

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