デビュー曲『アウアリイ』

 一週間後。

 

「これが、俺達の衣装……!」

 

「サイズもピッタリだ。さすが菜月だな」

 

「えへへ~。紅太君が作った曲に合わせてイメージしたんだ~」

 

 俺達は、菜月が作ってくれた衣装に袖を通していた。

 全体的にアロハシャツをベースにしていながら王子様感を出している、常夏の楽園とロイヤルが合わさったような不思議な雰囲気を感じさせる衣装だ。

 ちなみに俺が赤、蒼司が青、菜月が黄色を主体にしたカラーにしている。

 

「蒼司、撮影の準備は?」

 

「いつでもOKだ。といっても、スタジオの壁に緑の布を張るだけだったが。むしろ苦労したのはイスの方だろう」

 

「まぁ、そりゃそっか」

 

 これから俺達Awaiauluの曲のMVを作るのだが、撮影には『グリーンバック』という手法を使う。背景を緑にして、緑色の部分だけ後で動画編集で背景をはめ込むのだ。

 今回は蒼司の実家のダンススタジオを撮影場所に選んだので、グリーンバック張りは蒼司にお願いした。

 そして蒼司が言った『イス』だが、今回の曲はイスに座ったままダンスをするのだ。このイスは俺と蒼司で作ったのだが、まぁなかなか大変だった。

 準備が整うと、俺は褐色の瓶の蓋を開け、中の液体を口の中に流し込んだ。これは生薬を使った栄養ドリンク『ジュンケル』。昔風邪を引きかけたときにお母さんが飲ませてくれて以降ハマってしまい、ここぞという時の前に飲むようになった。


「それじゃ、撮影を始めるぞ。紅太、準備はいいか?」

 

「ああ!」

 

「いつでもいいよ~」

 

 そしてダンススタジオのスピーカーから曲が流れ始める。

 曲名は『アウアリイ』。ハワイ語で『王者の風格がある』という意味の形容詞だ。

 

『♪~』

 

 俺達はイスに座ったままリズムに乗りながら歌い踊る。アウアリイの曲調はゆったり目のハワイアンを基本にした曲だが、高貴さも感じさせる。

 だが歌詞はそんな曲調に反している。自分たちを強者に見立て『我々は全ての戦いに勝つ。なぜなら我々が王者であり当たり前のことだからだ』といった意味の、とにかく挑戦的で攻撃的な歌詞のオンパレードなのだ。

 

 これは俺達Awaiauluの、アイドル甲子園へ挑戦状を叩き付けるという決意を強く示した曲なのだ。

 ダンスは終始イスに座り、ほとんど身体を動かさない。なぜなら王者である事を歌った歌詞なので、それに合わせて貫禄を保つように動かないのだ。

 ……まぁ、ほとんど動かないで貫禄を出すという無理難題に蒼司はものすごく頭を悩ませたらしいけど……。でも、結果的にこんなに素晴らしいダンスを考え出してくれた。本当に感謝しかない。

 

「――よし、これで一曲目の撮影が終わったな」

 

「そうだね~。次はどうするんの~?」

 

「撮影の確認をして、OKだったら次の曲だな」

 

「ああ、あの曲か。歌うのに少し調整が必要だな……。休憩は多めに取っておこう」

 

 蒼司の提案は、まさしく正論なのだ。何せ二曲目に歌おうとしている曲は、俺達にとっては少し喉の調整が必要で、体力が消耗している中で連続してやる物ではないのだ。

 そういうわけで、アウアリイの撮影確認が終わった後、俺達は水分補給をしたりうがいをしたりしてとにかく休む事に努め、30分後に二曲目の撮影を行ったのだった。


 


~Glorious Tail side~


 Awaiauluが初めて動画を投稿してから数日後。雲鳥学園アイドル部の専用レッスン室では、今日もアイドル部員達が研鑽に励んでいた。

 その中には当然、昨年のアイドル甲子園の覇者『Glorious Tail』の3人もいた。


「はい、そこでターン! そして決めポーズ!」

 

『はい!』

 

 ダンスのトレーナーに指示を出され、3人はそれぞれポーズを決める。そのキレは、アイドル部の中でもトップクラスだ。


「うんうん、みんな良い感じね! 特に朱音ちゃん、すごく良いわよ!」

 

「ありがとうございます」

 

 Glorious Tailリーダーの筑波 朱音は、少し照れながらも嬉しそうに答える。

 

「藍花ちゃんは、振りは完璧! でも、もっと笑顔の方が良いわよ!」

 

「はい……」

 

 同じくGlorious Tailのメンバー、松島 藍花は、指摘されたことを意識しようと脳裏に刻む。歌唱力は3人の中でトップクラスだが、一番クールな性格であるため笑顔を要求される曲は少し苦手なのだ。

 

「月華ちゃんは……個性爆発って感じね。そこが月華ちゃんの良いところだけど、二人と合わせることを意識してみて」

 

「はーい」

 

 Glorious Tailメンバーでマイペースな千歳 月華は最もポテンシャルが高いが、その分個性が突出しているため他のメンバーとのギャップが目立つ。

 

「はい、それでは今日のレッスンは修了です。お疲れ様でした」

 

『ありがとうございましたー!!』


 ダンスのトレーナーにレッスン終了を告げられ、アイドル部員達は散らばって帰り支度をする。

 そんな中、月華が朱音と藍花に声をかけた。

 

「朱音ちゃん、藍花ちゃん。昨日スマイル動画見たんだけど、とんでもない動画見つけちゃったー!」

 

「とんでもない動画……?」

 

「どんなの~?」

 

 興味を持った二人に、月華はスマホを見せる。

 そこには、こう書かれていた。『アウアリイ』というタイトルの下に、ある動画が映し出されていた。

 その内容は、ハワイアンとロイヤルを折衷したような衣装を身に纏い、優雅に踊る3人の男性アイドルの姿だった。

 

「これは……!?」

 

「すごい……」

 

「でしょー! しかもこれ、今年の新入生らしいよ!」

 

 興味が湧いた朱音と藍花は、このどうがについて色々と調べ始めた。

 

「なるほど。ユニット名は『Awaaulu』。アイドル甲子園を夢見ていたけど、男子の部がないため挫折。だけどそこで折れずに、男子の部創設を働きかけるべく活動を開始した、か……」

 

「それは残念ね……。これだけの歌唱力とポテンシャル、女子であればうちのアイドル部の即戦力だったでしょうに……」

 

「でも、本気なのは伝わるなー。そうじゃなかったら、こんな挑戦的な歌詞の曲を堂々と歌えないでしょ」

 

「そうね。それだけじゃない、衣装も凝ってるわ」

 

 曲やダンスはもちろんだが、朱音達3人は衣装も気に入った。アイドル部員の中には歌唱力やダンスを重視しすぎ、衣装に気を配り着れていない人がいたりするのだ。

 だがこのAwaiauluは、アウアリイの衣装を『王者の風格がある』と表現した通り、衣装にも強いこだわりを見せている。

 

「見て。もう一本動画を投稿している」

 

「そのようね……。ちょっと見てみましょうか……」

 

 二本目の動画を再生したとき、Glorious Tailの三人に衝撃が走った。

 なんと、歌っているのは『THE IDOL CLUB』。アイドル甲子園創設当初から全国のアイドル部で歌われている曲だ。

 曲調はアイドル音楽としてはオーソドックスなポップ。アイドルらしい憧れ、苦悩、高揚感を歌い、最後にやっぱりアイドルは素晴らしいとポジティブなアイドル観を表現した歌詞だ。

 歌やダンスは、アイドルとして求められる技術を大体全部網羅している。そのため、アイドル甲子園予選の課題曲として必ず指定されている。

 

 そういう経緯から、アイドル部にあまり興味は無くても知っている人は非常に多い。

 さて、ではなぜこの超有名曲を聴いた三人が衝撃を受けているかというと。

 

「男子が歌っているのに……女子のキーで歌っている……いや、歌いこなしている……!」

 

「THE IDOL CLUBのダンスは、女子が踊ることを念頭に作られている……。それを、なんの違和感もなく踊りこなしている……!」

 

「でもでもー、かわいさの中に男子っぽいかっこよさも感じるなー」

 

 すでにGlorious Tailの三人は、Awaiauluの事を金あり始めていた。

 そして、朱音はある決断を下した。

 

「明日、Awaiauluの三人に会うわよ」

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