…
園城寺は、通路の人の流れに目をやってから悠真の顔を覗き込んだ。
「もっとも、記憶同士が相絡まって、なかったことが過去の記憶として映し出されることもある。それを我々は『天使の干渉』と、こじゃれた通称で呼んでいる」
そういってウィンクして見せた。
「君が見た過去と宮野さんが見た過去は、それぞれの主観が働いており、似て非なるものでパラレルワールドともいえるだろう。ただ確実に言えるのは、君がそうであるように、会う約束をしていた相手である彼女もまったく同じ日について、君のことで強い後悔と何かしらやり直したい思いがあったということだ」
悠真は祈里の病室の扉に目をやった。膝をつかんでいる両手に自ずと力が入る。
「つまり君が、彼女の眠りを解く鍵となっていると考えるのが自然だと私は考えている」
園城寺は立ち上がった。
「で、俺はどうすれば」
「彼女のところへ言って、彼女の耳に、いや心に届くまで声を掛けてくれることだ。本当に君のことが理由であの日に旅立ったのなら、彼女から何かしらの反応が得られるはずだ」
悠真が祈里に気兼ねなく自由に話しかける環境を用意したい。そう考えたのだろう。園城寺は、祈里の病室とは反対方向へ歩き出した。
何か彼女に反応が見られたら、彼女の枕元にあるナースコールを押下するように。そう言い残して。
あいさつ代わりに片手を上げて去る彼の姿を見送ると、悠真は祈里の部屋へ戻った。
相も変わらず、素っ気ない祈里の表情に気持ちは萎えそうになるが、もし彼女が最初に受けた印象通り内向的な性格であるなら、あの笑顔も実は簡単には人に見せない表情だったのかもしれない。
彼女のそばに寄る。
「宮野」
そう呼び掛けるも、彼女は微塵も反応しない。
「いつまで寝てんだよ? もう起きろよ、宮野」
辺りは静かで、物音一つしなかった。
「宮野、何やってんだよ? いつまでそうしてんだよ?」
彼女の右手を掴んだ。
「あの日は、遅れた俺が悪かったよ。頼むから、起きてくれよ」
その小さく湿った手を揺さぶる。
すると彼女が悠真の手を握り返してきた。
悠真が顔を上げると、祈里の小刻みに揺れるまつ毛を見えた。
そして彼女のか細い声がした。
「……来てくれたんだ」
それから少し息が漏れる音がした。「……ありがとう」
彼女の眼の端が光る。
やがてその滴が集まると、一筋の線になって頬を伝い、流れ落ちた。
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