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園城寺はこう切り出した。
タイムトラベルサービスの実態は「タイムトラベル」というより「メモリートラベル」つまり記憶旅行である。
悠真が旅に出たのは、実際の過去ではない。あくまで自分の中にある過去の記憶なのであり、それを掘り下げていく脳内の作業を、あの機械の中で眠りながら行っていた。
幽体離脱、体外離脱になぞらえる見方もできるが、たしかに感覚的にはそれに近いかもしれない。
記憶には、短い時間だけ保持できる短期記憶と数時間以上ないし一生保持される長期記憶がある。
本サービスは、その後者に働きかけるもので、当人は忘れてしまったと自覚している記憶を脳の活性化で取り出して、あたかも体験し直しているような錯覚を与えるものであった。
「長く放置された記憶は、決して失われたのではない。いわば脳内にある固くさびついた、もしくは鍵を紛失した引き出しにしまわれているだけなのだ。Tトラベル社がモニター客に対して、それらに潤滑油や合鍵を与えて引き出しが開くように特定の記憶の増幅をはかる医療的行為を施した……それがタイムトラベルと呼んでいるものの本質なのだ」
園城寺は、悠真の理解が追い付いてくるのを待つために幾分間を持たせた。
悠真がやがておもむろに頷くと、彼は口元に笑みを作った。
「早瀬君は、あのサービス前に私と会った部屋に、大きな機械が動いていたのは、おぼえているかね」
「ええ」
パーティションの向こうに、部屋には不釣り合いなほど大きな機械があったのは、おぼえている。
「そこからコードが伸びて、天井にアンテナのようなものを取り付けていたが、あれは、君が私と戻ろうとしている過去について会話をしたときに活性化した脳の箇所を特定し、マーキングする機械だったのだ」
天井までは見ていなかったことを思い出しながら、悠真はゆっくりと頷いた。
「トラベル中の五感に渡るリアリティは、その箇所の記憶を機械が増幅させて獲得したものだ」
「その記憶にない行動を取ったのですが」
「だろうな。記憶はあやふやなもので、そこへ君の思い込み、印象、感情、あと新しい試みが干渉していく。過去の書き換えのつもりが、つまりは記憶の上書きだったのだ」
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