看護師が脇へ退くと同時に扉が小さく開く。彼女に話しかける男性のささやき声がした。彼女が頷くと、その男性が中へ入ってくる。


(え?)

 悠真は驚きで声を出しそうになった。

 園城寺だった。

 彼と入れ替わるようにして看護師が去る。


「早瀬君、君に話がある。彼女の病状に関わる話だ」

 そういって、病室の外へ誘った。悠真は何もいわず、それに従い、祈里の病室を出た。


 出てすぐのところはシャワールームだった。その脇にあるベンチに二人は腰かけた。


「園城寺さん、なぜここへ」

「君が驚くのも無理はない。が、私は私で、早瀬君が彼女の居場所を聞きつけて、いつかここに現れるのを心待ちにしていたのだが。とにかく、ちょうど良かった。私はもう少しで帰宅するところだった」


 園城寺はそういって目を細めると、老人らしい柔らかい笑顔を浮かべた。


「彼女には、ここに私の伝手があって入院してもらっている」


 彼女と園城寺の接点が分かりかねる悠真は、どうやら彼女の入院理由を知っているらしい彼に尋ねた。

「宮野は、どんな事故に遭ったんですか」

 園城寺は、自分の顎先の鬚をつまんで少し考える仕草をしていたが、やがて口を開いた。

「彼女は、その、事故なのだが、タイムトラベルのサービスの最中に起こったことなのだ」

 目を見張る悠真を見て、園城寺は訥々とそういった。


 祈里もまたタイムトラベルのモニターだったという。

 悠真がそうだったように、本来なら一定時間後、現在に戻ってきて目覚めるはずだった。

 が、彼女は所定の時間になっても目を覚まさなかった。外的刺激を複数回与えても意識が戻らないため、彼女は園城寺と懇意の医師がいる病院に搬送されたのだった。


 本来なら3時間もあれば、彼女の戻りたかったその過去のイベントが終わり、そのままサービスが終了するはずだったらしい。

 彼女の時間の流れが一体どうなっているのか、これはさらに研究の余地がありそうだが、生体データに何の問題もない彼女は、頑として目覚めるのを拒んでいるように見えたのだという。


「つまり、宮野はまだ過去をさまよっていると?」

「それは何とも言えん。本来は、過去の時間は現在のそれに比べて、3倍から100倍のスピードで流れていると想定されている。もしかしたら、戻った当日とリンクした別の過去にいるのかもしれん。それならこの眠りは時間的な辻褄が合うが、なぜこちらの呼び掛けにまったく応じないのかが分からん」


(身体だけが現在にあって、意識は過去にあるというのか?)


 悠真は、愕然とした。

 園城寺には、その悠真のとっさに湧いた疑問が透けて見えているようだった。


「ここで、君にはタイムトラベルの種明かしをせねばならん」

「種明かし?」

「そう」


 悠真の怪訝そうな顔つきは、園城寺の想定内のようだった。彼はまるで気にしていない様子で再び話し始めた。

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