周りの店は、夜になってから営業の始まるスナックやキャバクラばかりのせいか、辺りは静まりかえっていた。


 悠真は察する。

 この後の騒動を見越して深井らはこの場所を選んだに違いない。

 ここに決めたのが連絡のつかない祈里ということになっていることに、彼らの巧妙さが感じられる。


「どこかの店と間違えたんだろう」

 その悠真の言葉に安村は同意した。

「ま、現に、当の宮野がここに来ていないわけだしな」


 暗い天井の隅にぐるりと目をやって、それから安村は悠真を見下ろした。

「ところでだ、早瀬」

「ん?」

「宮野の電話番号、知っているか」

「ああ」

「掛けてみてくれ。オレらとどういう行き違いになっているのか、聞き出してくれ」


 既にSNSか何かでやり取りしているのか、安村は紗良が今日ここへ来ないことを知っているようである。

 彼女の名前を持ち出そうとはしなかった。


 悠真は、再びスマホを尻ポケットから取り出した。

 あまりにも自然に狙っていたとおりの流れになったので、かえって緊張をおぼえる。

 その手に汗がにじんだ。


 事前にダウンロードしていた通報アプリは、紗良の指示どおり、ここに来るまでに既に開いてある。

 この画面のキーをタップするところまでが自分の役目で、このあと駆け付ける深井や医療チームに彼の処置を任せることになっていた。


 悠真は、のぞいていた画面にやがて赤いボタンが浮かび上がるのを見て、やや慎重な手つきでタップした。途端に画面はブラックアウトし真ん中に小さな文字が表示される。


"completed"


 悠真はそれを見届けてから、おもむろにスマホを耳に当てる。

 その一連の動きを離れて眺めていた安村は、おもむろに腕を組んだ。

 どこからか、やや遠くで鋼鉄をハンマーで打つような工事作業音が連なって聞こえてくる。


 そのあいだ黙ったままじっとしている悠真にしびれを切らしたのか、安村が首を傾げた。

 その仕草に応えるように、泳がせていた目で安村の顔を見る。


「……電話に出ない」

「は?」


 安村の眉間にしわが寄るのが見えた。

 こうしている間にも、こちらに向かって急行する複数の人間がいる。いつそれらが入り口から飛び込んでくるか、それを思うと自ずと動悸が激しくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る