悠真は予定どおりの時刻に、池袋駅のホームに降り立った。

 スマホの画面で、紗良からもらっていた目的地を含む周辺地図を眺めながら歩く。

 ミーティングで集まることになっているカフェは、当駅から東へ10分ほどのところの雑居ビルの中にあった。


 年季の入ったビルのコンクリートの壁は黒ずみ、ぶら下がった袖看板はどれもさび付き色あせていた。それで単に古びているというより、さびれて見える。

 その三階にあるカフェで待ち合わせることになっていた。


 悠真は、腕時計に目を落とす。時計の針は1時半を指していた。

 急ぎ足でビルに入ると、エレベータに乗り込んだ。

 扉が開くと、紗良に教えられた通り右へ歩き、両脇に並ぶ店を眺めながら内廊下の突き当りまで進んだ。

 約束場所である赤いテントが目印の「カフェ・マドリッド」は、そこにあった。


 迷わずその店の中に足を踏み入れたが、悠真は思わず目をむいた。


(なんだ、これは?)


 照明と音楽はなく、静まり返った店内は薄暗った。辛うじて煤けた窓の外から光が弱く入り込んでいる。

 人影はない。

 板敷きの床にテーブルや椅子が乱雑に転がっており、カビやほこりの匂いがした。

 その向こうに段ボール箱やその他廃材らしきものが積まれている。


 明らかに空きテナントである。

 自分が店の場所を間違えたのだろうか。

 あるいは紗良が閉店したとは知らずに、この店を指定してきたのか。

 が、もう約束の時間である。

 悠真は尻ポケットからスマホを取り出し、SNSで知らされた安村のナンバーに掛けた。

 コール音が一回鳴ったあと途切れた。反射的に「もしもし」と口にするや否や、頭の上から地を這うような低い男性の声がする。


「ヘイ、ユー……」


 悠真は反射的に声のした方へ振り向く。

 天井に向かって伸びる大木のような大男が、すぐ手の届くところに立って悠真を見下ろしていた。

 驚きのあまり、悠真はそのまま立ち尽くした。


 黒革のライダースジャケットをまとい、頭にフルフェイスの黒光りしたバイクヘルメットを被っているのが見える。その異様に細い両の目がぎらぎらと光を放ち、悠真を捉えていた。

 その鋭い目つきはまさしく安村なのだが、以前会ったときと比べ胴回りが倍くらいにぶくぶくに膨れ上がっている。プロレスラーというより関取といった風情だった。


「このありさまだ。コーヒーが欲しいなら下の階の自販機で買ってくるんだな」

 安村はそういって首をすくめた。

 黒光りしているヘルメットが揺れ、腹も躍った。

「なんで宮野はこんな場所を待ち合わせに選んだんだ?」

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