一方で、当雑居ビルの脇。

 片道一車線の道路に、黒のボックスカーが一台停まっていた。


 その運転席にいる大川忠雄は幅のある大きな背を丸め、ハンドルに寄りかかって一息ついていた。

 ワイシャツの胸ポケットにふと手をやったが、結局煙草を取り出すことはなかった。

 通報を受けて後部席から飛び出した深井ら三人の男の影が、ビルの入り口に消えていったところだった。

 三人が例の男を捕らえて、この車に戻ってくる手筈になっている。

 スムーズに事が進めば、煙草一本吹かす間もないだろう。


 エンジン音が低く呻っていた。

 フロントガラス越しに強い日差しが入り込んでいるが、後部席は黒いカーテンで運転席と仕切られ、薄暗い車内灯で照らされていた。


 大川が何気なく背後を意識したその刹那、激しい振動がした。同時にバリバリバリというプラスチックが打ち砕けるような大きな音がする。


「な……?!」


 前方に、白のセダンが見えた。赤いブレーキランプが一際明るく光っている。

 それがバンの前に縦列駐車しようとして、この車のバンパーに接触したらしい。


 セダンの助手席からキャップを被った二十代前半のあどけない顔つきの男が出てきたが、衝突箇所をのぞくと奇声を上げて大声で笑い始めた。

「いっひっひー! やばいよ、これ!」


 セダンの運転席から顔を出した、やはり二十代の茶髪ロン毛の男が「おーい、修理代、誰持ちー?」とわめき立てたが、こちらに気遣う様子も謝る素振りもまるで見せない。


(こいつら……!)


 ミッションに際し思わぬ障害が発生したことに合わせ、全く悪びれた風もない若い男連中の態度に、大川は並々ならぬ苛立ちをおぼえ、とっさにドアを押し開け降り立った。

 大柄で強面の大川が鼻息荒くして現れても、キャップの男はむしろはしゃいでいる。


「おい、こら、クソガキ!」

 大川はワイシャツの左右の袖をまくって日に焼けた太い腕をさらす。

 キャップの男はその声に反応して一瞬目を見張ったが、その口元はなおにやけたままだった。


「お前ぇ……!」

 つかみかかろうとしたが、その男の襟元に手が届く前に耳元でバチバチバチと火花の弾ける音が鳴った。

 それがすぐにスタンガンだと気づいたものの、不意にバックを取られた分、反撃はかなわなかった。


 大川の巨体が海老反りに硬直し、一瞬宙に浮いた。

 それから、熱く乾いたアスファルトに強く叩きつけられる。


「いっひっひー! やっぱ、やばい! やばいよー!」


 頭をしたたかに打った大川は、その笑い声を遠くで聞いた。

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