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 元の現在の生活に戻った悠真は、寂しさと無力感とがないまぜになったまま、紗良と約束したとおり安村との接触を図ることになった。


 紗良によると、安村が感染の可能性を自覚しているのかどうか、あるいは感染・発症しているかどうかは全く不明なのだという。

 彼が勤務先に届け出ていた住所が架空であったことに加え、彼の携帯に電話を掛けても出ないため、彼を捕捉する手だてがとっさにはないのだった。

 それでもなお安村は、祈里がやって来ることを期待している様子らしい。

 それで次の週末、池袋のとあるカフェで一同に集まる約束が、既に紗良を含めた三人のあいだで交わされたとのことであった。


 そこで、紗良がセッティングした席で、深井という彼女の上司に当たる所属長を交えて、その池袋でのミーティング当日の段取りについて事前に説明がしたいという話が来た。


 その深井が週半ばの平日の夜、仕事上がりの悠真の帰路に配慮して、紗良を伴って和光市まで出向いてきた。


 いつもは経由しているだけの和光市駅のホームに降り立った悠真は、赤いベレー帽の紗良を帰宅ラッシュの群れの中から容易に見つけ出した。

 その脇にやや小柄なブラックスーツ姿の男性が見えた。


「深井です。初めまして。仕事上がりでお疲れのところ、すみません。どこかに入って話しましょう」


 互いに軽く頭を下げると、一緒に改札口へ向かった。

 その初老の男は物腰柔らかに声を掛けてきたが、悠真は駅周辺に土地勘がない。

 深井の食の好みの傾向やそれに合う店がわからないことを紗良に耳打ちすると、彼女はバッグを持たない空いた左手でOKマークを作って顔に笑みを浮かべた。


 もう先に決めてあったのだろう。駅舎を出ると二人は迷わずある方向へ歩き出した。

 人気がなく街頭の光も入らないような狭い路地に面した雑居ビルに入ると、すぐのところに赤い塗料が剥がれかけた扉のエレベータが見えた。

 壁の案内板がスナックばかりなのを不審に思いながら、二人についていく。


 三人も乗ればいっぱいの小さなエレベータで三階に着くと、薄暗い通路に面した複数の店からカラオケの歌声が漏れていた。その突き当り、一番奥の店に入った。

 そこは化粧の濃いママや酒を飲んで騒ぐ客のいない小さな店で、一見するとカフェバーのようであった。

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