突然雨が降り出した。

 思わず空を仰ぐと、ビルの谷間に暗い空がのぞいている。急いで傘を開いた。

 辺りは、傘のない人間が右へ左へ急ぎ足で通り過ぎていく。

 大粒の雨粒がアスファルトの路面を激しく叩き、瞬く間に黒く染めていった。


 瞬く間に、傘ごあっても濡れないのは頭だけのような激しい雨となるも、悠真は約束の時間そして場所から動けずにいた。

 ここで立ち去ったりしたら、この日にタイムトラベルした意味がないと分かっているからだった。


 さらに5分、10分、15分と時計の針が進む。それでも祈里は現れない。


 不意に携帯がバイブした。

 ずぶ濡れのチノパンのポケットから取り出す。画面は祈里からの電話着信を伝えていた。


「早瀬君、ごめんね、約束どおりに行けなくて。私、実はついこの前、彼氏ができて、彼にもう他の男の人と二人で会うのはやめてほしいと言われて。約束していたし、どうしようか迷ったんだけど、ほんと、家を出て駅まで行ったんだけど、やっぱ良くないかなって。ごめんね」


 悠真はほとんど一方的に話す祈里の言葉にかぶせるように「うん」と何度か小さく返すのが精一杯で、声が声にならないうちに電話は切れた。


 立ち尽くしていると、やがて携帯の画面が暗くなり消えてしまった。

 悠真は思わず傘を取り落とし、両手で頭を抱えた。涙と雨とが混じり合って顔を濡らす。


(遡るべきは、この日でなかったんだ)


 彼の身体は真夏の雨特有の冷たさで急速に冷め、重たくなっていった。



 再び目覚めたとき、悠真はあの機械の中にいた。


(帰ってきたんだな)


 過去に戻れたのは結局ほんの短い時間であったものの、そういう感慨があった。

 と同時に深い憂いが胸に満ちてくる。祈里との関係を築くことはできなかった。そう思い当たると、無性に空しくなった。


 何のために自分はあの日に戻ったのだろうか。

 祈里と会えなかった真相を知るためか。

 祈里の気持ちが自分にはなかった寒々しい現実を前にして、妙な期待は消し飛び、寂しくもすっきりした心中を感じ取った。

 これで良かったのだろうか。


(新しい次の一歩を踏み出すスタート地点に俺は立っているんだ)


 そんな強がりも、祈里の静かな口調と無邪気そうな笑顔を思い出すとたちまち悲しみに溶けていった。

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