5
ほんの少し眠ったつもりだったが、目を覚ますとそこは自分のベッドだった。ベージュ色のカーテンの向こうから薄く光が漏れている。
いつも朝起きたときのように手探りでスマホを探すと、毛布から外へ手を伸ばしたところにあった。
画面を見る。
8時20分。
あの日は8時半のアラームを消して二度寝をしてしまい、予定より一時間遅く起きたのが、そもそもの失敗のもとだった。
前の晩、比較的気の合う同僚との酒席で飲みすぎたのだろう。
脈打つ鈍い頭痛にもう一度眠りたくなるが、祈里の人懐っこい笑顔を思い出しながら重い身体を起こし、よろめきながらシャワールームに入り、熱いめの湯を浴びた。
軽く朝食と取りコーヒーを飲み干すと、さっそく身支度を整える。
財布もあるし、着慣れた服もハンガーやクローゼットにある。細身のチノパンを履き、プリントTシャツの上から白い木綿のシャツをジャケットにして羽織った。
改めてスマホの画面で時刻とメール等の着信を確認する。
この日、祈里を誘ってから入手した水族館の前売りチケット2枚が入った封筒も玄関の脇にある。それを胸ポケットにしまいこみ、鍵を手にした。
スリッポンの靴を履いて、アパートを出る。
まばゆい陽光が顔を照らした。夏日を予想させる強い日差しだ。
(ここまでは順調だな)
鍵を掛けて、アパートを後にして公道で出たところで、悠真は立ち止まり、振り返った。
(……傘!)
彼の脳裏にあの日降った、いや今日降るはずである豪雨の光景がよみがえる。
この梅雨明けの好天に油断して手ぶらで出掛けてしまって、ずぶ濡れになった不運をあえて繰り返すことはない。
あのときは豪雨の予測などつかず悔いが残ることもなかったが、今回降ると分かっていたのに傘を持ち出さなければ、さすがにそれは失態と呼ぶべきものとなる。
長身の傘を手に、悠真は中央公園の入り口に立った。汗だくで駆け抜けた過去を悠々と歩いて消していく。
今日は新しい未来を創る極めて重要な一日である。そう自分の胸に言い聞かせていた。
俄然、一歩一歩のあゆみに力が入る。
やがて最寄り駅にたどり着いた。
あの日がそうなったように、待ち合わせの約束にぎりぎり間に合う電車に乗ると、遅刻の直接原因となった列車遅延に巻き込まれてしまうかもしれない。
当初の予定より2本早いが、早々に目的の駅まで移動してしまうに限る。
改札をくぐり、やって来た上り電車にそのまま乗り込んだ。
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