悠真は、困惑の表情を浮かべた。園城寺の意図が分かりかねる。


「もし答えに困るようなら、こちらのカードを私に向けて掲げてくれるかな」


 そういって園城寺は名刺大の厚紙を悠真に手渡す。黄緑色のそれには「ノーコメント」とサインペンで手書きされていた。


「よろしいかな」

「はあ」


 釈然としない面談の進行に、悠真も受け答えがあいまいになる。


「では……関係者であるI・Mさん。女性かな。この方は、どんな人か、容姿、性格、なんでもいいので私に教えてくれないかな」

「えーと、背は150センチとちょっとです。色白で、目が二重で、ぱっちりしています」


 悠真が泳がせていた目を園城寺に戻すと、彼は黙って、その先を促すような手振りをした。


「彼女は大人しそうな性格で、声も小さいですが、笑顔がいいです、とても」

「ほう」園城寺は相好を崩した。


 これを改めて口述することに今度のタイムトラベルに何の関係があるのか、まるで見当がつかない。

 旅先で彼女を特定するのは自分自身だから、ここで克明に彼女を思い描く作業の意味はないはずだった。

 

 園城寺が咳払いした。「さて、早瀬君」

 悠真はかしげていた首を正す。

「そのI・Mさんと早瀬君は、つまりどういったご関係なのかな」


 プライバシー云々の説明は確かにあったが、悠真の予想よりはるかに直球だった。

 悠真はためらいがちに言葉を探した。


 大学時代のゼミ仲間で、同期同士での集まりで再会した際に、二人で会う約束をしていたのだと説明した。

 園城寺の脇の女性が悠真の発言記録を取っているらしい。

 悠真の時折言葉に詰まる話しぶりに合わせて、キーボードをせわしなく叩く音がした。


「その約束をしていた日に戻りたいわけですな」

「はい」

「なぜ」


 悠真は、また考えを巡らせる。絡み合った当日の事実と彼女への感情をときほどくことから始めて、ようやく園城寺に伝える言葉が浮かぶからである。

 当日、約束通り彼女と会えなかったことが強い心残りになっていることを、悠真はたどたどしく話した。


「それはなぜですかな。なるべく詳しく」

 園城寺は淡々とではあるが、やたら畳みかけてくる。

 悠真は、たじろいだ。

 祈里にたいする思いを赤の他人に明かすことは気が引ける。そこを回避しながら、その日にあった事実を話そうと心を配っていた。


 電車の遅延に巻き込まれ約束の時間に遅れて到着して、もう彼女がそこにいなかったこと。

 そして、電話を掛けてもつながらなかったこと。

 それで彼女の気持ちや事情が分からず、一切やり取りもないまま、今に至ることで後悔の念が強いことを克明に説明した。

 

 園城寺は、ふむふむと多少芝居がかった相槌を打ちながら聞いていたが、やがて悠真の一連の話が終わると、両手を広げた。

「早瀬君は、宮野さんに恋愛感情を持っていたということで、よろしいかな」


 結局園城寺がそこまで踏み込んできたことに悠真は半分あきれながらも、ここまでタイムトラベルの動機を説明して「彼女はただの知り合いです」もないだろうから観念した。


 園城寺は、頬に深いしわを刻んで笑みを浮かべた。

「そこまでで結構です。質問は以上です」


(それ以上の説明もないよな)


 悠真は、使うこともなかったノーコメントのカードを返すと、首をすくめた。

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