それが、4年前の夏の出来事だった。

 今でも、そのくらい鮮やかな記憶が残っている。


 悠真は、長らくこの心にささったままの思いの行き場をようやく見つけた。

「Tトラベルサービス」社の体験モニター募集の広告。何げなく眺めていたネットで偶然見つけて、思わずタップした。

 過去に遡るタイムトラベルの提供だが、30名限定で最終実験を兼ねたサービスを無料で受けられるとのことである。


 ネットで応募を受け付けており、テンプレートに記入して送信すると、数日中に書類審査結果が送られてくる仕組みだった。

 書類審査をパスした上で、その後病院で受ける事前検査で実験に適格とされると、都内のサービスステーションへの案内が送られてくることになっている。

 

 性別、年齢、居住地、連絡先を入力する。

 「男」「33」「埼玉県朝霞市」そしてスマホのナンバー。

 そのあと、タイムトラベルで戻りたい過去の詳細の記述するフリーの欄がある。

 その期日に始まり、戻りたい理由、その思いつまり後悔の度合い。その上で、その日に実際にあった出来事、感情を思い出せる限りなるべく詳しく書くよう求められている。

 関係者のイニシャル、年齢もまた必要事項となっていた。

「I・M」と入力していると、彼女の面影が瞼の裏によぎった。もう一度会いたい気持ちが胸の痛みとともに募ってきて切なくなる。

 彼女との関係も明記しなくてはならない。


 悠真は、遠い目をした。

 祈里とは、地元の大学時代に知り合った。同じ学部の同じ学年、そして同じゼミだった。

 彼女は中背の自分より10センチくらい小柄な、色白で寡黙な女子学生だった。ショートカットの黒髪は、エンジェルリングの輝きを放っていた。

 実は、在学中に祈里のことを特別意識したことはなかった。

 彼女から話しかけてくることはなかったし、当時の悠真も強いて言葉を交わそうとはしない、せいぜい顔と名前が一致している程度の間柄だった。

 大学卒業後、地元でゼミOBOGの同期会が企画され、参加したその食事会の場で彼女と再会した。


 学生時分には地味で寡黙で愛想のない祈里にはあまり気が向かなかったが、社会に出て慌ただしい卸売会社特有の喧騒の日々を経たあと、見る目が変わったのだろう。

 学生時代以来の再会となった祈里のまとう静けさには、にぎわう周りの旧友たちと一線を画しており、自然と引かれていった。


 偶然、二人ともが上京して東京近郊に住んでいることを知り、会話が弾んだ。その日は結局、学生時代に交わした以上に話し込んだ。

 自分に向けられた祈里の満面の笑みが、殺伐とした都会での暮らしによる孤独感や疎外感で、すっかり凍てついた心を融かし去るようだった。

 自分の味方を得た心強い気分になり、胸が自ずと喜びで震えるのをおぼえた。


 さっそく翌週末に都内で会って遊ぶ約束を取り付けた。

 スマホのナンバーを交換して、有頂天で帰京した。

 もうその時には、悠真は自分が祈里の笑顔が自分の胸から離れなくなっていることに気づいていた。

 


 



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