「A坂駅手前で電車が止まってしまった。約束の時間に遅れるかも。」


 そこまで打って送信ボタンをタップすると、悠真は唇の端を歪めて、短くため息をついた。

 その約10分後の車内アナウンスは、未だ運転再開の見通しが立たないことを伝えていた。

 

 この間、祈里からの何らかの返信を待つも来なかった。

 スマホの画面をよくよく見ると、電波が圏外になっている。地下のせいだ。

 列車がとりあえず次の駅までたどりつけば、電波が入って彼女と連絡はつくだろう。それが彼女との待ち合わせ時間を大きく過ぎないことを、悠真は願うばかりだった。


 やがて列車はおもむろに運行を再開したが、徐行と停車を繰り返していた。悠真はのろのろと走る地下鉄に見切りをつけ、降りる予定だったB橋駅の一個手前で降りて自分の足で移動することにした。

 スマホで経路検索する用意をして、電波が届くところへ列車が進むのを待った。


 悠真の乗った電車がようやくC川駅に到着した。

 もうすでに約束の時間から30分が経過している。

 駅間にいるうちに電話の着信が一件あったようだが、確かめてみたら未登録のナンバーだった。肝心の祈里からは一切返信がない。

 

 おそらく悠真と同じ考えで下車したと見える人間で改札口はごった返していた。それを何とかやり過ごしながら、祈里に電話を掛けた。

 待ちくたびれて、うんざりしたような祈里の声が飛び込んでくるのを覚悟しながら耳を澄ませる。


 鳴り続ける呼出し音に背中が泡立った。

 やがて発信相手の不在を告げる機械的なアナウンスが流れ、電話が切れた。

 悠真は急ぎ足を止め、呆然とする。彼女は怒って電話に出ないのだろうか。

 それでも外へ出ようと駅の出口にさしかかると、階段の上には立ち止まる人波が見えた。


(今度は何だ?)

 水が水を打つ激しい音が聴こえる。

 立ちはだかる人々の隙間を縫いながら階段を昇り切ると、水しぶきが顔にかかった。

 思わず閉じた目を見開くと辺り一面、日没後のように街が暗がりに包まれ、幅のある大河のように大量の水が路面を這っているのが見えた。

 まさしく豪雨だった。


 もう一度、悠真は改札に引き返し、次にやって来た電車に乗ったが、結局約束の場所に着いたのは、さらにそれから30分後だった。

 当然待ち合わせ場所には祈里はいなかった。

 1時間も連絡がつかなければ当然だろう。

 彼女とは会えないまま、悠真は雨に濡れ失意に沈みつつ帰路に着いたのだった。


 そのあと、夕方から夜にかけて悠真は祈里に何度も電話を掛けてみたが、彼女は出ようとしなかった。

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