Ⅰ 

 早瀬悠真は強い真昼の日差しの下、最寄り駅に向かって急いでいた。

 中央公園をまっすぐに駆け抜ける。

 駅の階段も一段飛ばしで駆け上がるころには、目標の電車がホームに滑り込んでいく音が聴こえた。悠真は、改札でカードをかざすとゲートが開くのをじれったそうに待って、一気に走り抜けた。


 電車から下車して階段下から押し寄せてくる数十人もの人波に一瞬ひるむ。

 降車客の流れに逆らい、時折避け切らず肩をぶつけ合いながら下に向かうも、発車アナウンスとともにベルが鳴り始めた。


(わわ!)


 あと少し。もう少し。祈るような思いで段を駆け降りていく。

 発車ベルが鳴り終えた音の間隙を突くように飛び乗ると、それと同時に列車は扉を閉じ、そのまま走り始めた。

 後ろへ流れていくプラットホームの景色を眺めながら、彼は安堵の息をつく。


 とりあえずは約束時間に間に合う電車をぎりぎり捕まえ、今日の最初のミッションをやり遂げた満足感が胸の底で水面のように揺れていた。

 大量の汗でシャツが背中にはり付いている。エアコンの冷気に思わず震えた。


 梅雨が明けたばかりの街は急激に気温を上げ、強い日差しに照りつけられていた。ネットニュースでは、さっそく今夏の猛暑が噂されている。

 終点の池袋駅で地下鉄に乗り継ぐ予定だったが、その地下鉄駅では、まさにちょうどのタイミングで列車がホームに滑り込んできた。

 約束の時間と場所に向けて、極めて順調に事が進んでいる。

 

 悠真は、そう思った。

 その矢先、列車が悲鳴のような音を立てながら急ブレーキをかけた。

 乗客らは、つり革等につかまって立っている者も座席に座っている者も皆が皆、身体や頭が列車の前方に吸い寄せられるように、一様に大きく傾いている。

 やがて完全に停まったが、窓の外は真っ暗闇だった。列車は駅間にあるらしい。

 ドアの辺りに立つ二人連れの若い女が小声で何か言い合った。それが聞こえただけで、人がまばらに立つ列車内は静まり返っていた。


 間もなく車内アナウンスが流れた。

「停車駅手前で赤信号が点灯していたため、当列車はやむなく急停車いたしました。この先にあるA坂駅には先行する列車が停車しており、運転を見合わせていると連絡が入りました。また詳しい状況が分かり次第、車内放送にてお知らせいたします」

 

 悠真は、唖然とした。

 ここで足止めをくらうようだと、宮野祈里と待ち合わせた時間に間に合わないかもしれない。

 迷わずスマホを取り出す。

 電話帳登録していた祈里のナンバーを検索してショートメールの作成画面に入った。

 会う約束を取り付けた際、連絡先の交換をした。が、それは電話番号だった。彼女は、SNSやLINEをやらない主義なのだという。


「一人でいるときくらい静かに過ごしたいから」

 その時彼女は微笑みながら、そうとだけいった。

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