最終話 未来はきっと(後編)
ヘレンも食事に加わり、一家そろってわいわいと朝食をとる。
その様子に、改めて感慨深くなり、私は思わず目頭が熱くなってしまった。
私の様子にいち早く気付いたのはヘレンだ。
そっと私の傍に寄ってくれて、私の手を取って心配そうにのぞき込んできた。
「…ユーリかあさま。どうされたんですか?」
「あ、ヘレン…ち、違うの、なんでもないわ」
ヘレンのその声にみんなが私に注目する。
なんだか気恥ずかしくなって慌ててみんなに言い訳した。
「ちょ、ほ、ホントに何でもないの!た、ただ…」
「…ただ?」
ヘレンも、アルも、セレスさまも。あとローザまでも、心配そうにしている。
だから安心させるように、私は笑って涙をぬぐった。
「ふふふ…ただね、こう思ったの。『あぁ、私、生きててよかった』って。『幸せだな』って。」
「…ユーリかあさま…」
そっとセレスさまが私を後ろから抱きしめてくれる。
その温もりを感じながら、私は心の中で感じている、この温かい気持ちをみんなに伝えた。
そして、ずっと前から、いつか言おうと決めていたことを今言おうと思った。
今日この日に言わずして、いつ言うのだろう。
こんなに幸せな日にこそ、私は、本当の私のことを子どもたちに伝えなければならない。
―セレスさまが、背中を押してくれている―
私の首に絡められたセレスさまの腕をとり、ぎゅっと手を握ると、セレスさまが握り返してくれる。
それは、セレスさまの後押し。
だから私は、ヘレンやアルに向けてこう続けた。
ずっと…ずっと私の奥底にしまっていた…
『本当の私』を、さらけ出すために。
ヘレンとアルを真っ直ぐ見据える。
落ち着きを取り戻し、みんなに席についてもらい、ゆっくりと続けた。
「…ヘレン。そしてアルベルト。」
「はい」
「はい」
「もうあなたたちも十分に大きくなってくれました。セレスさまや私、そしてローザのいうことをよく聞いて…本当に、今までありがとう。」
「「…ユーリかあさま…」」
「こんな父親で、不甲斐なく思うこともあったかもしれない。でも…2人がここまで、こんなに立派に育ってくれて…私は、本当に幸せです。」
「そんな、不甲斐なくなんかありません!」
「そ、そうです!ヘレン姉さまの言う通りです!」
「…ありがとう2人とも。…今まで、ずっとあなたたちには言わなかった、本当のことを伝えます。」
「…本当の…」
「ユーリかあさま…?」
「…えぇ。本当は、私もこのことをあなたたちに伝えるのは怖いの。これを知って、あなたたちは私を軽蔑するかもしれない。汚らしいと思うかもしれない。でも…セレスさまとずっと話し合っていたの。いつか、あなたたちが事実を十分に受け止められるくらい大人になった時に、話してあげようって。そうすることが、きっと私たち家族のきずなを強めてくれるからって!」
「…ユーリかあさま…」
「いったい…?」
混乱の表情を浮かべる2人の視線が、真っ直ぐ私を見据えている。
―こわい。
でも、背中にいるセレスさまが私を支えてくれているのが分かる。
だから私は勇気を出して―本当の私を―私に昔、何があったのかを伝えるために、口を開く。
「―あのね…私、男娼だったの」
―――――――――――――――――
「…ユーリ、準備はできたか?」
「あ、はいセレスさま。あ、ちょっと待ってください…」
「…そうだな。ご両親の墓前に行くのだからな」
「はい。今年からはあの子たちも一緒なんですね…」
母の形見の髪飾りをつける。
そのたびに思い出す、母の面影。
―そして…父との、思い出。
単にその3文字だけでは表しえない、いろんな感情の渦の中で、過去生きてきた。
そして、どうしても消すことができない、領主館での―犯され続けた日々。
あのまま、私の時は止まってしまうかもと思った。
でも―
「さ、行こうかユーリ。」
「―はい、セレスさま」
私に差しのべられた『救いの手』。
この手を取り、私はこうして今を生きることができている。
その手は私の『止まった時』を再び動かし、一緒に生きていくことの――共に老いていくことの、喜びを教えてくれた。
―お父さん、お母さん。見ていますか?―
セレスさまに出会えてよかった。
そして、ヘレンとアルベルトが生まれてくれて、本当によかった。
髪飾りに触れてから、セレスさまと一緒に階下に降り、ヘレンとアルベルト、ローザと共に、私たちは生家へと赴いた。
あの時、食堂で、ヘレンとアルベルトに私の過去をすべて話した時。
2人は涙を流して、ただ私に抱き着いてきた。
軽蔑したのではないか、という私の言葉に、ただただ首を横に振り、二人揃って
―そんなことない!軽蔑なんてするはずないでしょう!?―
と言ってくれた時、私の中で、大きく安堵して―そして、今まで圧し掛かっていた過去から、ようやく解放された気がした。
拒絶されるかと思っていたけれど、私の過去を受け入れてくれた上で、なお私の家族でいてくれる。
この2人の子どもたちは、本当に宝物だ。
そう思わずにはいられなかった。
「ユーリ」
「…セレスさま…」
墓参りが終わり、丘の上で寝そべって空を眺めているとセレスさまが顔を覗き込んできた。
青く澄んだその瞳が、私をまっすぐ見つめる。
―!!
その表情を見た瞬間、私は、堪えていたものが溢れだした。
だって、その表情から、セレスさま自身も悩み、苦しんできたんだということが、分かってしまったから。
だから、セレスさまが涙をこらえながら、震える唇を無理やり微笑の形に変えようとしているのを見ると―
セレスさまに力いっぱい抱き付き、嗚咽を漏らすのを我慢できなかった。
「…セレスさま…!!!」
「―すまない、ユーリ。私では、苦しむそなたを救いきれなかったのかもしれない…私が不甲斐ないばかりに、心労ばかりかけてしまった…!」
「いいえ、いいえセレスさま!セレスさまがいなければ、私にはこの未来はありませんでした。セレスさまが私を必要としてくれたから、私を愛してくれたから!…私も、人を愛することができたんです。あなたを、こんなに愛することができたんです!あなたがいたから…ヘレンも、アルベルトも生まれてくれたんです…!」
「…ユーリ…!」
「だから、そんな風にどうかそんな風に思わないでください。セレスさまが私にしてくださったことは、すべて私の幸せに繋がっていますから」
「…ありがとう、ユーリ…!」
ぎゅ、っとセレスさまが私を抱きしめてくれる。
私と同じように―セレスさまも、苦しんでいた。
過去から抜け出すことができない私を救おうと、必死にもがいてくれていた。
そんなセレスさまだからこそ、私は今まで生きてこられたのだ。
歓びを感じ、生と向かい合うことができたのだ。
愛するということを、知ることができたのだ。
それを伝えるように、セレスさまを強く抱きしめ返す。
私たちは、お互いに泣いていた。
でも、どこか晴れやかだった。
私たちは、しばらくそうやって抱きしめ合っていた。
感情の高ぶりが落ち着き―私たちは並んで寝そべり、空を見上げた。
そして、私はこう続けた。
「確かに、ずっと戦ってきました…過去と。父にも、母にも、いろんな思いを抱えていました。そして、思い出したくない、領主館での日々…。過去を乗り越えようとして、でも、やっぱりできなくて。領主館での出来事を、なかったことにできたらどんなにいいだろうって、何度も思いました。」
「…っ!…」
「でも…あの子たちが大きくなってきて、秘密のまま過ごすことが苦しくなってきて…。ずっと抱えていようとも思いました。でも!やっぱり私の過去を、どうして私がこうなのか、きちんと話をしてあげたいって、そう思って…」
「―確かに、起こったことは、なかったことには出来ない。過去を変えることはできないんだ。」
「…」
「でも…私たちには、これから未来を作ることはできる。」
「―っ!」
「私もいる。ヘレンも、アルベルトも、ローザもいる。私の父と母もいる。私たちの友人もいる。そして…そなたの愛した両親も、いる。」
「…セレス…さま…!」
そうだ。
子どもができた時、とても嬉しくて、たまらなかった。
でも、「私」という特異な存在が、まっとうな親になれるのか、どうしても不安だった。
そう思うたびに、過去の傷が、じくじくと…私の心を抉り出した。
でも、そう。
ここには、みんながいる。
愛しの、セレスさまがいてくれる。
私たちの、愛の結晶の、2人の子どもたちもいる。
いろいろ問題もあるけど、やっぱり信頼出来る、友人でもあるローザだっている。
時々一緒にお風呂に入ってくれとせがむ、お義父さまや
私に貴族社会を生きるすべを叩き込んでくれた、お義母さまもいてくれる。
たくさんできた、友人もいる。
そして…ここには、私が愛した、父がいる。母がいる。
「みんながいるからこそ…共に生きる喜びと希望が、私たちの未来を満たしてくれるのだと思わないか?」
「セレスさま…はい!」
「…生きていこう。これからも。」
「…はい!セレスさま…!」
私は今日、父と母を子どもたちに会わせた。
これから何度も何度も、あの子たちに言うことだろう。
私が生まれ、育った場所が、どんな場所だったか。
私の父と母が、どんなに素晴らしい人だったのか。
そして――どんなに私が、父と母を愛していたか。
お父さん。
お母さん。
私、この人と生きてきて、本当に幸せです。
あの子たちが生まれてくれて、本当に幸せです。
私を、産んでくれて、育ててくれて、ありがとう。
お父さんと、お母さんの子どもで、幸せだよ―
風が吹き、私たちの髪が風にたなびく。
空を見上げ―私は、これから、力いっぱい生きていこうと思った。
「なぁユーリ?」
「どうしました、セレスさま?」
セレスさまの金色の髪が輝いている。
その中で、優しく微笑んだ愛しい人がささやく。
「もう一度生まれ変わるとしたら…どうする?男と女、どちらがいい?」
―私の答えは、決まっている。
「ふふふ…女の子です」
「ほう、女同士になるぞ?」
「ええ、燃えてきません?」
「くく…なら私がもし男になったらどうする?」
「ふふ、大歓迎ですよ?たくさん『ご奉仕』して差し上げます」
「―!くくく…これは楽しみだな」
「えぇ。来世まで末永くよろしくお願いしますね、セレスさま」
「ふふ、よろしく、我が愛しの妻」
「あ、ずるいお母さま!私もユーリかあさまに抱き着きたい!えーいっ!」
「わ!へ、ヘレン!?」
「あ、じゃあ僕も!」
「こらアルは我慢しなさい男なんだから!」
「な、なんでですかヘレン姉さま!」
「…ふふふ」
「あはははは!」
「ねぇお母さま。ユーリかあさま。」
「ん?」
「なぁにヘレン?」
「私、決めました。将来、ユーリかあさまみたいなお婿さん見つけてきます」
「―えぇ!?」
「―ははは!それはいい考えだな!」
「ちょ、せ、セレスさまったら!」
Fin
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