ユーリ夫人のうららかな日々

セレスさまとの結婚からはや数年。

私たちの周りの環境も大きく変わった。


大きな屋敷に、私とセレスさまだけで住んでいたのに、結婚してセレスさまが一線から退かれてからは、多くの人がこの屋敷で働くようになった。


メイドたちもたくさん入ってきた。

もちろん、セレスさまのお世話は私がしているが、私にも専属メイドがついた。

…知っての通り、あのローザだが。

いつも本当によく働いてくれて、何事にも動じない優秀なメイドであることは確かだが…


ただ

何度言っても、私が入浴している最中に乱入してくることだけはやめてほしい。

あと、むやみやたらに身体に触れようとしてくることも。


話が逸れたが、そんな少し…いやだいぶ変わり種のローザの他にも(まともな)メイド達もたくさんいるので、そんな彼女たちの教育に、忙しい日々を送るようになった。

お義母さまからは、もっと後方で控えているようにいつも言われてしまうのだけれど。


ユーリ・ティアノートとして…つまり、侯爵夫人としての仕事も始まった。

市長や村長、王家の使者などの対応から貴族の奥様方とのお茶会などなど。

慣れない「夫人」としての仕事に肩を凝らしながらも、なんとかやっている。


あの披露宴以来、すっかり私の「女性らしさ」は浸透してしまったようで、心配していたような嫌がらせなどは全くない。

毎日のように来られる方々と、楽しい日々を過ごしていると言える。


唯一の悩みと言えば―

みな来て最初のほうこそ仕事の話をするのだが、みな途中で脱線し、

決まって私のプライベートを聞き出そうとすることだろうか。


特にやっかいなのは奥様連中で、彼女らは平気な顔をして、セレスさまとの…

その…

…よ、「夜の生活」のことを、必ず聞いてくるのだ。

本当に、勘弁してほしい。

あそこまで明け透けに尋ねられると、恥ずかしくて何も言えなくなってしまう。

果ては、て、テクニックまで聞き出そうとすることもあり…

はぁ。まったく、貴族の世界とは恐ろしいと痛感している。


そういえば、市長にもこの間、「スリーサイズ」を真顔で聞かれてしまった。

…私が男だということを覚えていないのだろうか。

まぁ、興奮した様子で尋ねた市長の横で、凍てついた視線を投げつけたローザによって、すぐさま沈黙してしまったけれど。


セレスさまは後進の指導にあたられている。

どうやら相当訓練には厳しいようで、「鬼教官」として恐れられているようだ。


そんなセレスさまは、退役されて、本当に表情が豊かになった。

いつも無表情で…というと言いすぎか。

しかしピリピリすることが多く、笑うことも少なかったのに、今は生活にもゆとりが生まれ、いろんな人に笑顔を向けられるようになった。

侯爵家当主としての仕事は相変わらずで、とても忙しくしているが、軍属から解放されてからは、私との時間も増え…「夫婦」としての時間を満喫することができている。

本当に、幸せだ。



そうそう。

幸せ、といえば。

もうひとつ、言っておかなければならないことがある。


それは―


「ま、まってよー、おねえしゃまー!」

「うふふ、やーだよー、ここまでおいでー!」

「こらヘレン!そんなところに登ると降りられなくなりますよ!」

「だいじょーぶよユーリかあさま。わたし木登り得意だもん」

「も、もう、ぼ、ぼく登れないー!!えーん…」

「あぁアル、あなたはそんなにすぐ泣かないの!」

「ぐす、ゆ、ユーリかあしゃまー!」

「ふぅ、よしよし」


そう。

子どもが、生まれたのだ。


あそこで木登りしてあかんべーをしている、長く伸ばした艶やかな黒髪をたなびかせているのが、長女ヘレン5歳。

そして、木の下でべそをかいている、ウェーブがかかった金色の髪をした男の子が…長男アルベルト3歳。


私と、セレスさまとの―愛の、結晶だ。


最初は、「こんな身」でありながら、父親が務まるのかと不安だらけだった。


しかし、セレスさまがそのたびに励ましてくれて…

共に初めての子育てに戸惑いながらも、楽しんでくることができた。


その甲斐あってか、2人ともとても元気に育ってくれている。

本当に毎日が充実していて楽しい。

ただ、この通り、ヘレンがお転婆すぎるのと、

対照的にアルベルトが大人しすぎるのが心配だが。


因みに。

私の呼び方は…何度言っても、教えても、一向に父親とは呼ばない。

ヘレンは私が女性でないことも知っているし、理解もしている。

しかしその上で、「かあさま」という呼び方を変えようとはしない。

アルベルトは…たぶん分かってないんだろう。


昨日など、風呂に入れているときに困ってしまった。


「―ねぇねぇ、かあしゃま?」

「なぁにアル?」

「どうしてユーリかあしゃまには、ぼくとおんなじものがあるの?」

「…」


そんなことを…アルは小さな小さな男の子の象徴を、自分の手でつまみながら。

なんとも不思議そうに、私のをじっと見ているではないか。

さすがに恥ずかしくなり、手で隠してこう言った。


「あ、あのねアル。前にも教えたけど、私とアルは、『男の子』なの。」

「おとこのこー?」

「そ、そうよ。だからね、セレスおかあさまや、ヘレンおねえちゃんには、こ、『これ』は付いてないでしょう?」

「これ?」

「こ、こらアルベルト!つ、つままない!」

「えへへー、じゃあ、ぼくとユーリかあしゃまはー、おんなじなの?」

「ええ、そうよ。」

「へへへ、わぁったー!」


そう。ここまではよかった。

やっと男女の違いを教えられた!


と胸をなでおろしたのだが―


翌日になり、とんでもないことになった。


朝食の時、使用人も含めて大勢がいる前で

アルベルトがこう言い始めたのだ。


「ねーねー、知ってるー、ローザ?」

「はい、なにをでしょう、ぼっちゃま?」

「あのねー、ぼくとー、ユーリかあしゃまはー、おんなじなんだよー?」


ふふ、さっそく昨夜のことを言うのか。

きっと、男の子だよー、と言うのだろう。


と思っていたのだが。


「どこがですか?」

「あのねー、ユーリかあしゃまにもねー、ぼくとおんなじねー、おちんちんがついてるのー。だからー、おそろいなんだー!いいでしょー!」

「―!!ご、ごほ、ごほ!!」


な、何を言い出すのだこの子は!!

しかもローザは若干興奮した様子でアルベルトとまだ話しているではないか!


「ほぅ、それはようございましたね」

「いいでしょー!」

「しかし『ぼっちゃまの』と『ユーリさまの』では、だいぶ違いがおありでは?」

「ろ、ローザ!!あ、あなたは何を言っているんです!」

「うーん?いっしょだよー?だってー、ユーリかあしゃまもー、つるつるだったもん。だからおそろいー!」

「―!!あ、アルベルト―!!!」


しかしもはやあとの祭り。

この場にいる全員に、私に『生えていない』ことを知られてしまった。

ちらっと皆の様子を見て見ると、

全員が私と目が合ったとたん、赤い顔をして目をそらす。

…余計に恥ずかしいではないか!


すると背後から専属へんたいの声がする。


「ユーリさまお願いがござ「ダメです」今夜ぜひ一緒に入浴を!!!」

「だ、だからダメと言ってるでしょう!」

「ユーリさま専属として、ユーリさまのことは身体の隅々まで把握しておく必要を強く感じます!!ぜひお体を洗わせてください!」

「だ、ダメですってば!」

「できれば前をお願いします!」

「だ、だからダメだってばもう!!」

「な、なら前を見るだけでも!」

「わ、私の『ここ』は見世物じゃなーい!!」


はぁ、はぁ。


恥ずかしくて下を向いていると、肩を震わせながらセレスさまが


「く、くくく…よ、よかったではないかアルベルト。ユーリかあさまとお揃いで」

「うん、おかあしゃま!」

「よ、よくありません!」


そんな得意げなアルベルトの横で、なぜか顔を真っ赤にして悔しがる長女ヘレン。


「ず、ずるいアル!私もユーリかあさまとお揃いになりたい!」

「へ、ヘレン?い、いったい何を…?」

「へへーんだー、おねえしゃまはー、おんなのこだからー、ちがうんだよ?ねー、ユーリかあしゃま?」

「え、えぇ、そうだけど…」


そう言うと、ヘレンが嗚咽を漏らし始めるではないか。


「えっく…ぐす、うえーん!」

「あ、あー、よしよし…」


何だかおかしなことになってきた。

なぜヘレンが悔しがっているんだろう。


しかし泣きじゃくるヘレンをそのままにもしておけない。


仕方なく、ヘレンを抱きかかえて膝に乗せてやる。


「ふ…ふぇーん!ゆ、ユーリかあさまー!」

「うーん…よしよしヘレン」


しばらくすると泣き止んだが、なんだか抱き着いたまま離れようとしない。


それに…ん?

な、なんだかヘレンが…む、胸をまさぐっているような…?


「こ、こらヘレン!や、やめなさいこんなところで…」

「ううふー、みーつけた!私とユーリかあさまとのお揃い!」

「へ?な、なぁに?」


急に顔を上げたと思ったら得意げに宣言する長女。

興味を持ったセレスさまが尋ねる。


「ほう、どこがお揃いなんだヘレン?」

「えへへー、あのねおかあさま。ユーリかあさまにはね、おかあさまと違って、柔らかーいおっぱいがないの!これって、ユーリかあさまも、まだ私とおんなじってことよね!?」

「く…はははは!」

「わ、私にはお、おっぱいがなくて当たり前なんです!」

「…?でもユーリかあさまのも、もっと大きくなるでしょう?だから私と一緒!」

「な、なりませんよ!い、いいヘレン?わ、私とヘレンは同性じゃなくて…」


あぁもう!

この子もまだ分かってない!


…って、私がこんな恰好だからいけないのだけれど…


「―!!や、やだそんなの!わ、私のおっぱいもユーリかあさまと一緒に大きくなるんだもん!じゃなきゃやだー!!」

「そ、そんなことできるわけ…」

「ふむ。わかったヘレン。ではこの母が約束しよう。そなたの胸の成長に合わせて、ユーリかあさまの胸も育ててやる」

「ホント!わぁーい!ありがとうおかあさま!」

「ハハハ」

「せ、セレスさま!な、なにをバカなことを…!」

「む?バカとは何だ。今夜から早速豊胸マッサージをはじめようではないか。毎朝毎晩揉んでやればそなたのも…」

「ちょ、せ、セレスさま!こ、子どもの前で…」

「なんだユーリ。いつもねだってくるではないか。嬉しくはないのか?」

「ね、ねだってなんか、い、い、いません!」

「ははは、嘘をつくのはよくないぞ?先端を爪で弾いたり撫でまわすと甘い声を上げるではないか」

「や、やめてくださいー!!」


な、何の罰ゲームだこれは!

というわけで、一日の始まりの、この日のティアノート家の食卓は、ピンキーな雰囲気がなかなか払しょくできなかった。


さすがに恥ずかしくて半日ほど部屋にこもってしまった私は、まったく悪くないはずだ。


しかし、このことは後々色んなことに影響して…。

セレスさまは公言通り…その、む、胸ばかり責めるようになり…


ご、ごほん!


あ、あと、お義母さままで


「ユーリちゃんにももうちょっと胸があればねぇ…」

「お、お義母さままで何を…」

「セレスにもっと揉んでもらった方がいいんじゃない?」

「―!お、お義母さまったら!」

「あのねユーリちゃん。やっぱり自分で揉んでも効果は薄いらしいわよ?だからやっぱり…」

「し、してませんってば!」


こ…このままでは、ほ、本当に私の胸が膨らむまで愛撫されることになりそうだ。

不可能が可能になりそうな予感を感じているとお義母さまはさらに続ける。


「…セレスだけじゃ足りないのかしら?」

「い、いえ足りてますから!!じゅ、じゅうぶ…」

「そうだわ!ローザ!」

「はい奥様」

「これからはセレスが不在中の日中はあなたがマッサージをしてあげなさい」

「ありがとうございます奥様!」

「こ、こらローザ!ど、ドコに手を…あ、ちょ…や、やめてー!!!!」


結局話を聞きつけたセレスさまが止めてくれたおかげでローザ(とお義母さま)の暴走は食い止められた。


代わりに

毎朝毎晩

気が変になるほど焦らされるようになったが。

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