セレスとユーリの結婚式(後編)

ドキドキを落ち着けようとする。


あぁ、どうしよう。


お義父さまに怒られるかも―


ぎゅ、っと目を閉じてそんなことを考えていると、隣にいるセレスさまが手をそっと繋いでくれた。


「…セレスさま…」

「大丈夫。そなたの、『本当の姿』を見てもらおう。」

「…はい!」


「―ではセレスさま、ユーリさま、扉を開きます」


ローザの言葉に、背筋が伸び―

二人で手をつないだまま、披露宴会場に再び足を踏み入れた。



その瞬間、披露宴会場は、異様な雰囲気に包まれた。

とてつもない熱気が私たちに向かっている気がする。


「…せ、セレスさま…な、何だか…」


私がタキシードを着ていた時よりも、なんだかすごいことになっている。

賓客を含めた会場にいる招待客からの、「熱い」と形容できる歓声。

そして私たちを―いや、間違いでなければ、特に私を見つめる視線。


―ん?


よくよく見ると、視線が集中する先は―

先ほどまではなかった、本来の私にはあるはずがない、この双丘だった。


「―!!!」


思わず手で胸元を隠そうとすると、セレスさまから小声で注意された。


「ユーリ。手で胸元を隠してはいけない。優雅に歩くんだ」

「だ、だって、み、みんなが胸を…」

「それだけそなたが魅力的なのだ。もっと堂々と見せつけてやればいい」

「そ、そんな―」


みんなの視線が私に集中する。

タキシードを着ていた時とはわけが違う。


視線の先にある、確かな重みのある胸。


女性の象徴―疑似的にではあるが、それを身に付け―

ずっと憧れていた、プリンセスラインのドレスを纏った私。


明らかに、私を見る目は

セレスさまに向けられる目と同じで、

女として見られていることに、胸の奥が疼いた。


恥ずかしさはあったが、

それに勝る『嬉しさ』があった。


テーブルを回るたびに私とセレスさまに突き刺さる視線。

そして、漏れるため息―

私がセレスさまと同じように、女性として見られているのが嬉しくて。


男性からも、女性からも美しいと形容される。

髪飾りとネックレス、それに…憧れのウェディングドレス。

まさに、セレスさまという王子様に手を引かれるお姫様のよう―。


テーブルを回り切る頃には大きくなった胸を見られている羞恥心は、いつの間にか『喜び』に取って代わり…


「…ユーリ?顔が紅くないか?」

「え?あ、な、なんでも、ないです…」

「ふふ、誤魔化さなくてもいい。視線に中(あ)てられてしまったんだろう…赤くなったそなたの肌が白い生地によく映えるよ。みながそなたの美しさに見とれてしまうのも頷ける」

「そ、そんなこと…せ、セレスさまが綺麗だから…」

「そんなことはない。気づいているだろう?みなそなたを見てため息ばかりついているぞ。」

「そ、そんな…」

「ふふふ、骨抜きにしてしまうとは…我が妻ながら末恐ろしい」

「ひ、人聞きの悪いことを仰らないでください!」


友人たちのテーブルを回ったころには私はすっかり周りの視線と雰囲気に中(あ)てられていて、セレスさまにからかわれながらも必死に興奮を抑えようとしていた。


「あ、ユーリ!」

「きれいだねユーリちゃん」

「うん、すごく可愛い。ドレスすごく似合ってるよ」

「…みんなありがとう」


知ってる間柄とはいえ、ここまで胸を露出させたことはなかった。

少なくとも友人の前ではそうだったから…


―男娼をしていたころは別だが―


だから友人からそんなことを言われるとドギマギしてしまった。


友人たちの中には、私の男友達もいる。

その彼は、どういうわけかずっと黙ったままだ。

そんな彼をおかしいと思ったのか、他の女友達が尋ねている。


「…どうしたのジャック?さっきからそっぽ向いて」

「そうよ、せっかくのユーリの晴れ舞台なのに」

「い、いや、何でも…」


慌てるジャック。

すると友人の一人がにやっとしてこう言った。

「ははぁ…さてはジャック。ユーリに惚れてたね?」

「え?」

「―!!な、ば、そ…!」


真っ赤になるジャック。

ま、まさか、そ、そんなこと…


彼の反応を見るとなんだか赤面してしまう。

ジャックは真っ赤になった顔で言う。


「ち、ちが…!だ、だって、ゆ、ユーリが、お、女と、け、結婚するなんて…」


…ん?


真っ赤な顔で私とセレスさまから目を逸らして言うジャック。


…ひょっとして…


私はセレスさまと顔を見合わせていると女友達がすかさず尋ねる。


「…ジャック?ひょっとして、知らなかった?」

「…?な、何がだよ!だ、だって、お、女同士で、結婚とか、そ、その…」


あー、そういえば。

確かに、言ってなかった。

女友達には告白したけれど。


するとセレスさまがニヤニヤしてジャックに言う。


「ふふ、少年。知らなかったのか?この国はな、同性でも結婚できるのだぞ?」

「…え?」

「ふふふ、君たちが知らぬのも無理はない。これはごく一部の者にしか許されていないからな…私とユーリは同性だが結婚できるのだよ」

「え?ほ、ホントに…?お、女同士なのに?」

「あぁ」


混乱しているジャックにニヤニヤしながら囁くセレスさま。

あぁほら、ジャックの頭から煙が出そう!

なんだかぶつぶつ言い始めたし!


「ちょ、せ、セレスさま!な、何嘘ついてるんです!じゃ、ジャック?ち、違うからね?」

「へ?え?」

「こ、この国は同性婚はできないからね?」

「…え?ということは…二人は…」


ようやく合点がいった様子のジャック。


「う、うん。…わ、私、お、男なの…」

「……え?」

「ごめんね、ずっと黙ってて」


なんだか固まってる。

うぅん、ごめんジャック。


「…っていうか…知らなかったのジャック?」

「お、お前らは知ってたのか?い、いつ気づいたんだ?」

「うーん、気づいたっていうか…」

「うん。ユーリが言ってくれたしね」

「…し、知らなかった…ゆ、ユーリが…お、男…」

「あ、そういえばジャックってさ」

「な、何だ急に」

「…ユーリのさ、おっぱい触ったことあるでしょ?私見てたんだよ?」

「―!!」

「わ、わー!!な、なにを…!」


その瞬間すぅー、と周りの空気が冷たくなった。

…特に、私の隣にいる、セレスさまの方向が。


「…貴様…もう一度言ってみろ…私の妻にそんな真似を…」

「―ひ、ひぃっ!」

「ちょ、ちょっとセレスさまストーップ!」


せ、セレスさまの目が血走ってる!

だ、ダメだ本気でジャックに殺意を抱いてる!


「なぜ止めるユーリ!こやつはユーリの胸を!」

「お、落ち着いてくださいセレスさま!か、彼が小さかった時のことなので……」

「し、し、しかし……あぁくそ!幼かったとはいえ我が伴侶の身体に触れようとは、や、やはり許せぬ!」

「せ、セレスさまお願いです止めてー!」


頭に血が上ったセレスさまは自分が何を言っているのか分かってない様子。

事故だったんだということを納得されるには、しばらく時間がかかってしまった。


「…はぁ…わが娘は何をやっているのだ…」

「ふふふ…あの子ったらホントにユーリちゃんに首ったけなのねぇ」

「全く。娘は一人だけでも大変だというのに二人とは…」

「…あなた?ユーリちゃんは、男の子ですよ?」

「…!そ、そういえばそうだったか…し、しかしユーリ君のあ、あのような恰好はお前の指示か?あ、あんなモノまでつけて…」

「あら私は何も存じ上げませんでしたよ?ふふ、綺麗ですよね?」

「あ、あのようなモノをつけてむ、胸の開いたドレスなど!み、見てくださいと言っているようなものではないか!」

「『女の子』は視線にさらされて美しくなるんですよ?」

「し、しかし…あ、あんなに谷間を強調して!み、見ろ、男どもがユーリ君を見る目を!け、けしからん!」

「…あなたも、ユーリちゃんのこと大好きなんですねぇ」

「な!そ、そうではない!た、ただあのような格好は女性として…」

「はいはい分かりましたよ。」



お義父さまとお義母さまとがそんな会話をされているとは露知らず。


披露宴もいよいよ終わりに近づき、最後のスピーチを残すだけとなった。


セレスさまと共に皆の前に立つ。

私たちを見つめる、みんな。

ティアノート家の賓客の方々も、私の友人も。

みんな、私たちの結婚を受け入れてくれた。


こんな私でも、幸せになれるんだ。


私は、本当は男で。

でも、私は女でありたくて。


奇異な目で見られることもなく、

胸に『こんなモノ』を付けてまで、ドレスを着た私を、受け入れてくれた。


セレスさまを見上げる。

視線が合い、ニコリ、と微笑む。

本当に、セレスさまの笑顔は綺麗だ。


セレスさまが、言葉を紡いだ。


「―皆様、このたびはティアノート家の婚礼の義にお越しいただき、感謝申し上げます。」


凛とした、セレスさまの美しい声が響く。


「私は、今日ほど幸せを噛み締めたことはございません。隣にいるユーリと夫婦となったこと、そして、それを皆様に祝福いただいたことを、私は生涯忘れないでしょう。」


―セレスさま…


「私は侯爵としてだけでなく―軍の情報部として働いてきました。毎日が、殺伐としていた。部下が暗殺されることもありました。つい昨日言葉を交わした友人が命を落とす。そんな世界に身を置いていました。だから、自然と身の回りには人を置かず、常に私だけで行動するようにしていました。そんな時―ユーリに出会いました。」


そこで私を見つめ、髪飾りにそっと触れるセレスさま。

私を慈しむ思いが、溢れ出ている―


「ユーリは…私の、心の隙間を埋めてくれました。殺伐とした世界に身を置いた私の寂しさを、埋めてくれた。初めて、そんなことを思ったのです。やがて、その思いが愛だと知った時―『あの戦争』が、始まりました。」


ぎゅっとセレスさまが私の手を握る。

―私も、同じくらい強く、握り返す。


「戦争に行く。それは、ティアノート家に生まれた者としての、宿命です。軍に身を置き、民の安全のために戦うことが、侯爵家に課せられた使命なのです。だから、迷いもなく戦っていた。しかし…ユーリに出会って、その考えは、全く変わってしまいました。初めて、ユーリのもとを離れたくない。そう、思ったのです。」


戦争に行かなければならないと告げられた日のことが、蘇る。

愛する人を失うかもしれない。

また、私の前からいなくなってしまう。

そう、思った日。


セレスさまの手を握る手に、力を込める。


「―こうして、私がここにいられるのは、支えてくれたティアノート家に仕えてくれた者たち、命を賭して私を守ってくれた部下をはじめ、多くの人たちのおかげです。―私は、本当に多くの人たちの犠牲の上に、この命を紡いだのです。その人たちのためにも―私は、絶対に生きて帰らなければならなかった。ユーリを、再びこの手で抱きしめるために。」


セレスさまと目が合う-。

薄らと涙が浮かび、瞳が潤む。


戦争。

セレスさまの苦悩―そして、私への思い。

それを、改めてセレスさまの口から聞き、セレスさまとこの場にいられることが、奇跡のようで―幸せを感じた。


涙を浮かべながらも、セレスさまは続ける。


「―今までティアノート家を支えてくださった皆様、当主として、心より御礼申し上げます。これからは…天に帰った同胞のために、そしてユーリのために、生きていこうと思います。これからも、変わらぬご支援のほど、よろしくお願いいたします。」


大きな拍手が起こる。


セレスさまが下がり、私に微笑む。


「セレスさま…」

「…ユーリ。そなたの番だ。」


促され、みんなの方を見る。

父と母の顔が浮かぶ。

私の身代わりになってくれた父。

栄養失調で倒れ、そのまま他界した母。


二人とも、私を生かしてくれた。


―お父さん。お母さん―!!


溢れそうな思いを、言葉に乗せた。


「―私を、私とセレスさまとの結婚を受け入れてくださったみなさまに…心から感謝申し上げます…。」


「私の家は貧しくて…小さなころから必死に働いて…だから、学校には、あんまり行けませんでした。でも、父と母の3人で、苦しかったけど…今思えば、幸せな日々でした。」


お父さん。お母さん。


3人で暮らしていた日々。

母を失い-父を愛し、抱かれた日々。

いろんな思いが交錯する。


―ちゃんと、言葉にしなくちゃ。


前を向いて、続ける。


「私の母も…そして父も…今は生きていません。天涯孤独の私は…領主に拾われ…そこで…」


ぎゅ、と強い力で手を握られる。

セレスさまだ。


「―私が、今どうしてこんな格好をしているのか、不思議に思った方も多いかと思います。男である私が、どうしてドレスを着て…こんな胸まで付けているのか…。私は、『あること』が理由で、男の人が―怖くなりました。そして、同じ男である、私自身に。…領主館にいた、そんな私を、救い出してくれたのが―セレスさまだったのです。」


しんと静まり返った会場内。

みんなが、私を見つめている。

あるがままの、私を受け入れようとしてくれている―。


「――私は自分の中の世界に逃げ、そこから出ようとしませんでした。そんな私自身が、セレスさまの傍にいていいのか、疑問に思っていました。でも――セレスさまは、そんな私を大切にしてくださって…私を、このままの私を、愛してくださいました。

…セレスさまは、私の…『王子さま』です。セレスさまのおかげで、私はもう一度自分の時間を進められました。過去にとらわれず、セレスさまと共に生きる未来を見ようと、決心できました。」


隣を見上げるとセレスさまと目が合う。

金色の、流れるような美しい髪。

凛とした、意志の強い瞳。

大好きな、セレスさま。

私を、あの止まったままの世界から、救い出してくれた、王子さま。

セレスさまのおかげで―

私は、この身が男娼であったことも。

実の父を愛してしまったことも。

私自身のすべてを、許すことができた。


「―私を、受け入れてくれた、セレスさま。学校のみんな。そして、結婚を許してくださった、私の、セレスさまのお義父さま、お義母さま。ありがとうございました。本当に、感謝しています。」


髪飾りを外し、手に取る。


「この髪飾りは、私の父と、母との思い出です。これだけが、私の心をつなぎとめていてくれました。何があっても、これをつけていると、過去の日々を思い出すことができました。汚れた私のことも、何もかもを。」


―母を失った日。

父に抱かれた記憶。


ずっと、狂おしいほどの父への思いを、この髪飾りに込めていた。


「私は、過去の思いに逃げていました。狂おしいほどに、求めていました。―でも、思い出の中の父と母は…どこか悲しそうで…。でも、今は違います。今思い出すのは、それだけじゃなくて…幼いころ、母に優しく包まれていた日々。父に、頭を撫でられたこと。一緒に、遊んでくれたこと。…本当に、幸せだった日々。3人で笑いあっていた、日々です。…ひょ…ひょっとしたら…つ、続いていたかも…し、しれない…ひ…日々、です…」


嗚咽が漏れる。

瞳が潤み、視界がゆがむ。

だめだ、最後まで、きちんと伝えなければ。

父と、母のために。


セレスさまに支えられ、涙でぐしゃぐしゃになりながら、最後まで続ける。


「が、学校に行って…と、友達もできて、好きな人を、しょ、紹介、して…そ、そんな私を…せ、成長した私を、見てほしかった…!『私、友達ができたよ』って、『好きな人がいるんだ』って…『結婚するんだ』って!そう、言ってあげたかった…!」


会場から、すすり泣きが聞こえてくる。

私の手を握ってくれているセレスさまも震えている。

涙でかすんでよく見えないけど

でも、みんな、泣いてくれてる。


「だから…わ、私の未来を…こうして…ち、父と…母に…み、見せて、あげられて…よ、よかったです…!き、今日は…あ、ありがとう…ございました…!」


会場から割れんばかりの拍手が送られる。

みんな涙を浮かべている。

貴族の人たちも。

私の友だちも。

そして、お義父さまもお義母さまも。


髪飾りをぎゅっと胸に抱きしめる。


父と、母にセレスさまと2人で、結婚を報告する。

涙を浮かべて喜ぶ父と母。


セレスさまに助けられてから、ずっと見ていた夢。

でもこれで、きっと伝わった。

お父さん。

お母さん。

私を生んでくれて、ありがとう。

育ててくれて、ありがとう。


私は泣きながらセレスさまの腕に抱かれ、最後にキスを交わして―

こうして、結婚式が終わった。



後のことは、よく覚えていない。

控室に帰っても放心状態で、ずっとセレスさまから離れようとしなかったらしい。

でも、ローザが泣きながらものすごい勢いで私を抱きしめてくれたことと。

それと、お義父さまもものすごい勢いで私を抱きしめてくれたことは覚えている。


セレスさまとの新しい生活が始まった。

結婚を機に軍から退役したセレスさまは、教官として日々を過ごしている。

そして私は―より一層仲良くなったローザたちに支えられながら、今はメイドとしてではなく、侯爵夫人としての教育をお義母さまから徹底的に受けている毎日だ。

ただ、お義父さまが…何と言うか…可愛がってくださるようになったことは嬉しいのだが…ただ度を越されているというか…お義母さまにたしなめられているのを目にする。



これが、私の新しい家族。

窓から外を見ると、庭にいたセレスさまと目が合う。

ニコリと笑って、手を振るセレスさま。

この人と、生きていくんだ。


愛する人の傍で、一緒に老いていこう。

その幸せを、どうか見守っていてください。


お父さん。

お母さん。


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