セレスとユーリの結婚式(中編)

私たちは今、一旦披露宴会場を退席し、お色直し中だ。


そう。

セレスさまとの計画通り、『2人でドレス作戦』を決行するためだ。


お義母さまには勘付かれているようだが…お義父さまには完全にサプライズとなるはずだ。

怒るだろうか。

せっかく許してくれたのに、『結婚を白紙にする!』なんて言われたらどうしよう。


そんなことを思っているとセレスさまが言ってくださった。


「ユーリ、びくつくことはない。

なにせ、私たちはもうすでに神が認めた夫婦だ。今更、たとえお父さまであろうとも私たちを止めることはできんさ。」

「そ、それはそうですけど…」

「ふふ、いいかユーリ。一生に一度しか機会はないのだぞ?着たいものを着ないと、一生後悔することになる。」

「…そうですね、セレスさま!」

「あぁ!」


私が選んだドレスは―いろいろ悩んだが、やはり純白のドレスだった。

雪のように真っ白なドレスに包まれたセレスさまを見て、本当に息が止まりそうだった。


私も、こんなドレスを着たい―!


その気持ちを抑えきれなかった。

だから、一度は私の方から諦めてしまったけれど、セレスさまが粘ってくださったおかげで、私にもドレスを着るチャンスができて、本当に嬉しい。



「さぁユーリさま。こちらへ」


私の専属メイドであるローザがドレスを持ってくる。

純白の、雪のようなドレス。

セレスさまが着ていたのと、少し違ったデザインだ。

ふんわりとして、胸元が大きく開いている。


よかった。諦めなくて。

思わず顔がほころんでしまう。

だって―

本当は私の胸は無いのだから、こんなドレスは似合うわけがない。

だから別のドレスにしようと思っていた。

でも、セレスさまが『あるモノ』の存在を教えてくれたおかげで、私も胸を気にすることなくドレスを着ることができるのだ!


ローザと他のメイド達にも手伝ってもらい、タキシードを脱ぐ。

ドレスを着ることができると思うと、心が弾むようだ。

やがてメイド達が私のタキシードを片付け、私の裸が露わになる。


「では、宜しいですか?」

「は、はい」


私は、ソレを付けてもらうために、両腕を上げた状態になる。

一方、私の目の前にはローザがソレを手に持った状態で構えている。


…顔が赤らんで目が血走っている気がするのは、気づかなかったことにしよう。うん。


「ではユーリさま…こちらを胸にお付けいたしますね」

「は、はい…って、ローザ?ちょ、ちょっと、顔が近くありませんか?」


少し息が荒くなった彼女に若干の危険を感じて思わず胸を隠す。

わざとだとしか思えないほど顔を胸に近づけているではないか!

しかし彼女はさも当然かのような顔で答える。


「そんなことはございませんよ?さぁ手をおどけになってくださいませ」

「ほ、ほら、や、やっぱり私、自分でつけるから…」

「ダメです。私の仕事を奪わないでください」

「や、だ、だって何だか目が怖い…」

「気のせいではありませんか?さぁその可愛らしい胸を見せてくださいませ」

「―い、いやぁ!」


そこでセレスさまから救いの声がかけられた。


「こらローザ。遊んでないで早くつけてやれ」

「お言葉ながらセレスさま。私はいつでも真剣でございます」


ローザが手に持っているもの。

それは、『人工的な女性の乳房』だ。

世界とは広いもので、王国にはこのような物まで売られているようだ。

元々は、胸があまり豊かではない女性のために作られたもののようで、開発に成功した女性はまるで神様のように崇められているらしい。

コレをつけることで、私のように男であっても、女性らしい乳房を得ることが可能なのだ。

そう。まさにローザはソレを今私に付けてくれようとしているのだ。


それはいいのだ。


だが―

問題は、ローザの手つきと私を見る目つきだ。


「…なら手に持ったソレをいやらしい手つきで揉むんじゃない」

「申し訳ありません。これがユーリさまの胸になるのだと思うとつい興奮してしまいまして」

「…ローザ?早くしてくれません?」

「畏まりました。焦らせてしまい申し訳ございません。」

「焦れてません!」

「では行きますね」


こんなやり取りを経て、ようやく今、私の胸にも双丘ができた。

なるほど、色といい触り心地といい、なかなかに完成度が高い。


姿見で確認する。


――胸がある。


そのことに、物凄くうれしくなる。

感動して何度も姿見に映る自分の姿を確認し、ポーズをとっていると、隙を狙って後ろからセレスさまの手が伸びてくる。

セレスさまからのそんなスキンシップから身をかわしつつ、私たちは着替えを進めた。

ローザの血走った目と荒い鼻息は見ないふりをしつつ、なんとか憧れの純白のドレスに身を包むことができた。


「きれいだ、ユーリ」

「セレスさまも…お美しいです…」


セレスさまは私のドレスとは対照をなすような、真紅のドレス。

煌めくような金色の髪色が赤をさらに際立たせており、先ほどまでの純白のドレスとは異なる魅力を感じる。

にっこりと微笑まれるセレスさまの笑顔が本当に眩しい。


対して私のドレスは純白のプリンセスライン。物語に出てくる「お姫様」のドレスラインを一目見て、これだ!と思った。


「ふふ、それにしてもユーリは可愛らしいドレスを選んだのだな」

「い、いいじゃないですか、プリンセスの気分になりたいんです!」

「ふふ、そなたらしいな。少女趣味なところは」

「…セレスさまは大人すぎるのです」

「ははは、ではユーリは子どもということだな」

「も、もう!わ、私は子どもではありません!」


でも憧れのプリンセスラインのドレスだ。

胸が高鳴ってしまう。


セレスさまを見る。

本当に美しくて、凛々しくて。

胸がきゅんと締め付けられて、どうにかなってしまいそうだ。


「私がもしお姫様なら―」

「…ん?」

「―え?あ…え?わ、私…」


しまった。思わず声に出てしまった。

恥ずかしくて堪らない。


「そなたがお姫様なら…続きは?」

「―!!う、うー…」

「ふふ、恥ずかしがるな。―そなたは本当にうぶで、可愛らしい。」


あぁ、ダメだ。

セレスさま―

お美しくて…かっこよすぎる。


本当に消え入りそうな声で、

そっとセレスさまの耳元でつぶやいた。


「わ、私が、お姫様なら…」


にっこりと微笑んでいるセレスさま。

本当に綺麗で―

ずっと思っていたことを、セレスさまに伝える。


「…あなたは―私の、王子様です」


くい、とあごに手をかけられる。

私はそっと目を閉じて―その瞬間に備える。

高鳴る胸の鼓動。

セレスさまの吐息を感じられるほど、唇が近づいたその時。


私の専属メイドの、ここぞとばかりに落ち着いた声が響いた。


「セレスさま。ユーリさま。イチャコラするのは後になさってくださいませ」




「ローザ、『ネックレス』と『髪飾り』をお願いします」

「畏まりました」


ローザに頼んで、大切にしまってあった物を小箱から取り出してもらう。

タキシードを着ているときには外していた。

でも、ドレスに着替えるなら、絶対にこの2つは欠かせない。


大切に心の奥にしまってある、お父さんと―お母さんとの思い出だから。

そして、セレスさまが贈ってくれた、大切なものだから。


「―ユーリさま。お持ちしました。」

「…ありがとうございます、ローザ」


ローザの手の中にある、小さな小箱。

私がしまった、2つの宝物が入っている。


そっと箱を開け、中身を取り出す。


長い間つけていなかった髪飾り。

でも今日は、特別な日だから。

お父さんと、お母さんにも見ていてほしいから。


髪飾りとネックレスをつけ、鏡で確認する。


純白のドレスに身を包んだ、母そっくりの、私。

思い出すのは、父と母の思い出。


―優しかった母。でも、栄養不足で倒れた母。

―そして、父。


色々なことがあった。

でも、

過去を乗り越えて―セレスさまと2人で、ここまでやってきた。



ふとセレスさまが私の髪飾りに触れる。

心配そうに、私を見つめている。


「ユーリ…その髪飾りは…」


この人は、私を助けだしてくれた、王子様。

この人と、夫婦になったのだ。


そっとセレスさまの手を取り、微笑みかける。


「…大丈夫です。」

「…そうか。やはり…よく似合うな」

「ありがとうございます」


セレスさまの手が私の首筋に触れる。


「ありがとうユーリ。これを…着けてくれるのだな」

「はい。だって…セレスさまへの想いが詰まってますから」


どんなに寂しかったか。

どんなに恋い焦がれたか。

それでも、セレスさまが生きていると信じて、身につけていたネックレス。


そんなセレスさまと、私は夫婦になった。


胸が、いっぱいだ。


セレスさまはそっと指で私の涙をぬぐってくれる。

そのまま、私の手を取り、セレスさまがおっしゃった。


「そなたと結ばれて―本当に幸せだ。」

「―私も、です…!」


それから少しだけ泣いて、

2人で手をつないで、

会場へ向かった。



いよいよセレスさまと2人で、そろってドレス姿で入場するのだ。


あぁ、緊張する。


「―ユーリ、大丈夫だ。そなたは美しい。」

「…セレスさま。」

「ふふ、では男どもを虜にしてやるか!」

「―ふふふ、はい!」


ふと髪飾りに触れる。


思い出す、父の声―そして、体温。

母の、輝くような笑顔。


お父さん。

お母さん。


お父さんとお母さんの思い出と一緒に

みんなに、祝福してもらいに行ってきます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る