第2章 それぞれの未来
セレスとユーリの結婚式(前編)
―緊張する。落ち着かない―
さっきからそわそわしてばかりだ。
視線をさまよわせ、ついセレスさまの姿を追ってしまう。
あぁ…綺麗。
本当に、美しい。
少し離れたところで、セレスさまが純白のドレスに身を包み、使用人に髪を結えてもらっている。
あれほど渋っていたのに、純白のドレスに身を包むとうっとりとした表情を見せたセレスさま。
その様子に思わず笑ってしまったが、照れて怒ったセレスさまの紅潮した頬が純白と対照的で、余計にセレスさまの美しさが際立っている。
「―こらユーリちゃん。セレスに見とれすぎですよ!?」
「―!お、お義母さま…だ、だって…」
すると背後から声をかけられる。
タキシードを着た私の髪を結えてくれている、セレスさまのお母さまだ。
「ふふ、ぞっこんなのね?」
「も、もうお義母さまったら!」
かぁ…と頬が紅潮してしまう。
「うっとりしちゃって。あ、それともユーリちゃんもあのドレス着たかった?」
「う!そ、それは…その…」
「うふふ!ユーリちゃんも似合いそうよねー」
「で、でもお義父さまが…」
「ふふ、ごめんなさいね頭が固い人で。でもね、ユーリちゃん」
「は、はい…?」
「主人には内緒にしてるから。期待してるわね、ユーリちゃんのドレス姿。」
「―!!」
「…何かするつもりなんでしょう?」
「…お義母さまには何もかもお見通しなのですね…」
そう。
何のことかというと、セレスさまと一緒に、私もドレスを着て式に出る、ということについてだ。
セレスさまが主張したが、最後までそれに反対したのがお義父さまだった。
侯爵家の婚礼の義とあれば、多方面から来客があり、その席で「婿」になろうとする者が、花嫁とおなじドレスを着ているのはおかしい、ということだった。
もちろん私は、セレスさまとの婚礼に際し、前もって私の「特殊な背景」…両親が他界していること、そして…さすがに男娼をしていたことは伏せたが、心はもはや通常の男性とはかけ離れていることを正直に話した。
最初は猛反対をされ、絶対に結婚を許さない、と言われていたが、セレスさまのお母さまは私にいたく同情してくださり、お義父さまにとりなしてくださったのだ。
お義父さまが不在の時にも、お義母さまは私をよくご実家に招待してくださり、話を聞いてくださった。
私とセレスさまの味方になってくださっているのだと強く感じ、セレスさまも同席していただいて、お義母さまに本当のこと―私が男娼をしていて、その心の傷をセレスさまに癒していただいたのだ、ということをお話しした。
涙を流されて私を強く抱きしめてくださったことは本当に嬉しかった。
セレスさまも何度もお義父さまを説得してくださった。
そのこともあって、最初は完全に私を敵視していたお義父さまも、私を見る目が異なってきて、セレスさまとの結婚を許してくださったのだった。
そんなお義父さまと私の関係はというと、まだぎこちなさを残してはいるが、私のことを認めてくださっているのだということは分かった。
結局最後まで折れることはなかったお義父さまに対し憤慨するセレスさまだったが、私とてドレスにそこまで執着していたわけではない。
もちろん、あの純白のドレスを目にした時、心が浮き立ったのは否定しない。
あのドレスを着てセレスさまに抱き上げてもらいたい…そんな想像をして頬を赤くしたものだ。
しかし式そのものが挙行できるかどうかという事態だ。
本来の性別通り、私がタキシードを着ることをセレスさまにも納得してもらい、今日に至った。
だが、セレスさまはそれで終わらなかった。
そう。「お色直し」だ。
この時を狙って、私とセレスさまで衣装を替え―そう、私もセレスさまもドレスを着て式場に登場することを二人だけで秘密裏に進めたのだった。
どうやってお義母さまが知り得たのかは分からないが―お義父さまに知られてしまってはまた逆鱗に触れてしまいかねない。しかし一生に一度の結婚式。
私は冷や冷やしながらも―ドレスの誘惑には抗うことができなかったのだ。
「―それにしても…本当にきれいな髪ね」
お義母さまがうっとりとした声で、私の髪を結いあげながら声をかけてくる。
「初めてセレスからあなたが婚約者だと紹介された時は―てっきりあの子が百合趣味だったのかと思ったもの」
「う、うーん…」
否定できなくはないような…。
「男の子だなんて到底信じられなかったし」
「…お義父さまも大変でしたものね」
「まぁ頭の固い人ですからね…でも、こうしてみるとタキシード姿のユーリちゃんもすごく可愛いわよ?」
「ホントですか?」
「ええ。男装の美少女よ」
「うぅ…も、もう少し背があればカッコいいんでしょうけど…」
「そんなユーリちゃんはユーリちゃんじゃないわ!」
「―セレスさまからも同じことを言われました」
「あら、そうなの?」
「『筋骨隆々のそなたは抱けない』と」
「―ぷ!あははは」
「まぁ私も『男性的』でありたいとは思っていませんからいいのですが…少し複雑です」
「ふふふ、ごめんなさいね笑ってしまって。でも愛らしいその姿のままでいいのよ。背伸びなんかせずにね」
「…ありがとうございます」
「今日はいろんな人があなたとセレスを見に来るわ。率直に言って、特にあなたを、よ。」
「―覚悟はしています」
「侯爵家当主であるセレス=ティアノートの婿となる男性の姿を、各方面の方々がこぞって見に来るのよ。」
「…」
「でも、あなたはいつものあなたであればいい。他の誰でもなく、あなた自身をセレスが愛しているのですから、ね。」
「―お義母さま…」
「…天国のご両親も、そう望んでいるはずよ」
「―!!は、はい…!!」
こんなに私のことを思ってくれる人がいる。
セレスさま以外にも。
目頭が熱くなるのを押えきれず、嗚咽を堪えているとそっと抱きしめてくれる。
あぁ、この方がお義母さまでよかった。
「―さ、できたわ。ユーリちゃんのきれいな黒髪は、やっぱり前面に出すべきだと思うの。いくらタキシードを着ていても、これだけは譲れないわ。だからね、この髪型がいいとおもうの」
少し私の気分が落ち着いてから、最後の仕上げをしてくれたお義母さま。
私を鏡の前に連れてきて、きれいに結いあげられて、腰まで届きそうな『尾』を手で梳いてくれる。
「―シンプルだけど、飾りすぎると新婦顔負けになっちゃうし、タキシードに合わないからね」
「―いいえ、ありがとうございます。私もポニーテール好きなんです」
「ふふ、ありがと。こうするとホントにうなじが綺麗なのね…うっとりしちゃう」
「あ…ちょ、ちょっとお義母さま…」
「あら、ごめんなさいね、つい」
すす…とお義母さまの指が私のうなじを撫で、ゾクゾク…!と快感が一瞬で突き抜け、思わず吐息が漏れ出てしまった。
するとすぐさま怒号が飛んできた。
「―お母さま!!私のユーリに何をなさっているのですか!!!」
「せ、セレスったらそんな大声を出すものではなくてよ?」
「私の妻にちょっかいをださないでください!!」
「ちょ、ちょっとセレスさま、逆ですよ!?」
「ユーリは結婚したら私の妻役だ!」
「―お客様の前で言ったらダメですよ?」
こうして衣装の準備が整い―結婚式が執り行われた。
教会の扉を開き中へ入ると、多くの参列者から大きな拍手を送られた。
集中する視線に緊張でどうにかなりそうだったが、お義母さまの…そしてセレスさまの言葉を思い出して歩を進めた。
来客に目をやると、多くがティアノート家の賓客であったが、私の招待客も参列してくれていた。
お世話になった学校の、先生方や級友たちだ。
横を通り過ぎる時も、割れんばかりの拍手を送ってくれていた。
ふと見ると、みんなが瞳を赤くして、祝福の言葉を送ってくれた。
本当に嬉しくて、目の前が霞んだ。
涙を堪え、神父の前まで来る。
後ろを振り返り―新婦が、セレスさまがお義父さまに伴われて真っ直ぐに歩いているのを見る。
真っ白なドレスに身を包み、ヴェールに包まれたそのお顔は伏せられていて…
その唇の赤が、本当に美しく映え、黄金の髪と深い青の瞳と調和して。
今までで最も美しい姿だ。
息をするのも忘れるほど。
お義父さまからセレスさまを託され、彼女の腕をとる。
そして、神父の前まで歩み出て―私たちは、お互いへの愛を、神に誓った。
向かい合い、ヴェールを上げる。
セレスさまのほうが背が高いので、ずいぶん低くしゃがんでもらう形になってしまった。
潤んだ、セレスさまの瞳。
あぁ、この人と、結ばれたんだ。
幸せが、私の心を満たす。
「―愛してる、ユーリ」
「愛してます、セレスさま」
荘厳な雰囲気の中
永遠の愛を誓い、
私はセレスさまの唇を感じた。
「それにしても本当に傑作だったな」
「だ、だってセレスさま…」
「ふふ…ま、まさかあのキスで嬌声を上げるなんてな」
「―!!あ、あれはセレスさまが舌を入れてくるからでしょう!!」
「く、くくく…だってただキスをするだけではつまらんだろう。」
「…もう。前日の打ち合わせと違うんですもの。びっくりしちゃって…」
「でもユーリ」
「…な、なんですか」
「…感じていただろう?」
「―!!も、もう!!お、おかげでさっき招待客の挨拶回りの時に変な目で見られたんですから!!」
「あぁ、あれも見ものだったな!男連中がお前を見る目が完全に女に対するそれだったからな」
教会での式が済み、披露宴となった。
新郎挨拶がなんとか無事に終わり、私たちは今食事中だ。
セレスさまと私は、さっきの「誓いの口づけ」のことを話しているのだが…
なんとセレスさまはあのタイミングで舌を入れてきたのだ。
まったく予想していなかった私は…セレスさまに見とれていたのもあって、気持ちが最高潮に高まっていたのもあって…
恥ずかしいことに、甲高く感じた声を上げてしまったのだ。
それまでの荘厳な雰囲気が
どこか甘くピンク色になってしまったことは言うまでもない。
男性の招待客はこぞって顔を赤くしているし、私の女友達に至っては…興奮で鼻息を荒くしていたほどだ。
おかげでさきほどの挨拶回りの際、男性陣から熱烈な視線を感じてしまったのだ。
「…もう、ちゃんと『新郎役』をこなせていたのに…」
「ふふふ、すまんんすまん。タキシードを着たそなたがあまりにも初々しくてな。からかいたくなった」
「怖すぎてお義父さまの方をみることができませんでしたよ!」
「あぁ、それは心配ないぞ?ほら見てみろ」
セレスさまが指された方を見ると、賓客たちとお義父さまが談笑していらっしゃる。
おそらく私のことだろう。チラチラとこちらに視線が送られる。
刺々しい雰囲気はなく、むしろ和やかと言っていい。
恐る恐るお義父さまを見ると…どうやら怒ってはいないようだ。
ただ戸惑っているような表情を浮かべている。
「どこからどうみても、みなお前のことを気に入ったらしいことだけは確かだ」
「…私のことはどう映ってるんでしょうね」
「『ティアノート家の婿は外見に違わずまさに妻役にぴったりだ』と言っていたぞ?」
「せ、せっかくタキシード着たのに!!」
「まぁ当初はそなたを婿として『男らしい姿』を立たせるというお父さまの腹積もりだったのだろうが」
「う…」
「そなたはタキシードを着ても美少女にしか見えん、ということだ。…きれいだよ、ユーリ」
「―そ、そんな…きゅ、急に言うなんて…ひ、卑怯です。セ、セレスさまこそ…本当にお美しいです」
「ふふ、ありがとう。やはりそなたにそう言ってもらえるのが一番うれしい。」
「本当に…純白のドレスがこんなに映えるなんて…惚れ惚れしちゃいます…」
「そなたこそ。結い上げたポニーテールが見せてくれるそなたのうなじが…たまらなく美しい。」
「…セレスさま…」
「ユーリ…」
あぁ―
もう、あなただけしか見えない。
そう思っていると、ふと感じる視線。
見渡すと、さっきまでワイワイと歓談していたはずの会場内が、一斉に私たちを注視している。
恥ずかしさで顔が熱くなる。
わなわなと震えているとセレスさまの悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「ほら、みんなが見てくれている。もう一度熱い口づけを交わそうか」
「―だ、だ、ダメぇ~!!」
女性陣から黄色い歓声が上がったのは気のせいではなかった。
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