第9話 愛するということ
お互いを大切に思う気持ちが強くなった。
離れていたくない。
もっと傍に感じていたい。
そう思うようになった。
その気持ちは――
ううん。
その気持ちこそ。
かつて私が父に抱き、
ついに他の誰にも抱くことのなかった
「恋愛感情」だった。
襲ってきた暗殺者たちの死体はその後セレスの――セレスさまの武装隊によって処理された。
他にも大量に暗殺者が送られたようで、武装隊が対応したということを後になって聞かされた。
翌朝起きると、私の部屋にあった血だまりがきれいさっぱりなくなっていた。
その時は思わなかったが、時間がたって初めて
私は「その時私が取った行動」が怖くなった。
――よかった。セレスさまが助けてくれなければ――
もう二度と、セレスさまの笑顔を見れなかったのだから。
襲撃された日の夜。
セレスさまは怪我をしていて、私はうろたえるばかりだった。
それでも何とか指示を出してくれて、傷の手当てをしてあげることができた。
私自身は怪我はなかった。
でも――
汚れたこの身体から、一刻も早くその名残を拭い去りたかった。
セレスさまの怪我の手当てを終えて、眠りについたセレスさまを起こさないように、そっと入浴した。
身体を触られた感触を
何度も何度も洗い流して
忘れようとした。
目を閉じると、さっきまでの光景が思い浮かんだ。
屈辱だった。
なのに
反応してしまったことがとても悔しくて。
あの男が言ったように、
どうしようもなく私は――
私の身体は、快楽から逃れられないのだと
そう感じた。
悔しくて涙が出る。
声を殺して泣いていると、
突然セレスさまがよろめきながら入ってきた。
押しとどめる私を無視して、
セレスさまは私のほほを両手で包み込むようにして
私を見つめながら言ってくれた。
――私が、忘れさせてやる。
そしてその心に刻んでやる。
そなたが『今』を生きる意味を――
そっと寄せられた唇。
青い瞳が閉じられる。
私も目を閉じてそれに応える。
今まで何度も無理やりされたものとは全く違う。
セレスさまとの初めての口づけはとても柔らかくて――
この胸が張り裂けそうなほど
切ないほどの幸せを感じた。
傷に沁みないように、怪我を押して入浴したセレスさまを手伝いながら
二人で湯船に浸かった。
初めてセレスさまにあの館から助けられたときに裸を見られていたが、
今こうして互いに裸でいることを恥ずかしく思ってしまう。
セレスさまから、きれいな身体だ、と言われ、思わず赤面してしまった。
傷口を庇う姿が痛々しかったが、セレスさまはこれくらい怪我のうちに入らん、と言って気にする様子はあまりない。
私が早く逃げていればこんなことには――
そう思うと後悔が募った。
しかしセレスさまは私の様子を見て言ってくれた。
そなたが今生きていることが何よりうれしいのだ、と。
改めて、私があの時生きることを諦めたことの重さを思い知った。
そして同時に
セレスさまと今こうして一緒にいられることを
何より幸せだと思えた。
入浴後。
襲われたこともあって、一人で眠れそうになかった。
その不安を伝えようとすると、
セレスさまの方から今日から一緒に寝よう、と誘われた。
真面目な顔つきをしていたが、
真っ赤になりながら言うセレスさまを見て、
私も一緒に顔が熱くなった。
ベッドの中で向かい合う。
私たちの息づかいを感じるほど距離が近い。
セレスさまと一緒のベッドに入るだけで
その体温を感じるだけで
息遣いを感じるだけで
心臓の鼓動が早まって
羽がついて飛んで行ってしまうのではないかと思うほど
嬉しく感じた。
――ユーリ――
私の名を呼ぶセレスさまの声。
私を真っ直ぐ見つめる、青い瞳。
セレスさまの指が私の髪を梳いていく。
今までは、父に褒められたから伸ばしていた髪。
少しでも母の姿に近づくと
父が私だけを見てくれそうな気がしたから。
でも今は
セレスさまが私を見てくれる。
この髪を褒めてくれる。
指の感触が気持ちよくて
そっと目を閉じる。
思い出す、色んな感情。
私の過去。
級友に犯されたこと。
父に、母の代わりを求められたこと。
それでも、父を愛してしまったこと。
その父を喪ったこと。
そして――始まった「肉人形」としての私。
求められたのは「女であること」。
肉体的にも。
精神的にも。
行き場を失くした私の心。
でも、そんな私でも――
誰かの――何かの代わりでしかなかった私自身でも
セレスさまは、必要だと言ってくれた。
共に生きていこうと言ってくれた。
気が付くと涙が出ていた。
そっと指でぬぐってくれるセレスさま。
ベッドの中で真っ直ぐセレスさまを見て
私は伝えた。
――セレスさまと一緒に生きていきたいです――
力強く抱きしめてくれるセレスさま。
そのぬくもりの中で
私たちは眠りに落ちた。
それから私たちの距離は今までよりもずっと近くなった。
メイドとしてセレスさまの世話をしている時も。
文字を私に教えてくれている時も。
お風呂でお互いの髪を洗い、背中を流し合う時も。
私たちはよく笑い、
よく見つめ合い
――よくキスをした。
数日すると、セレスさまの怪我もやっとよくなった。
時々顔をしかめることがあったが、ほぼ生活には問題なかった。
侯爵に暗殺者を送り込んだとあって、関わった者は最初全員処刑が言い渡された。
しかしセレスさまが命だけは助けて欲しいと国王に直訴した。
いや、正確に言うと――命を奪うだけではとても足りないと、直訴した。
その結果、領主一党は――セレスさまの直属部隊による、長い長い拷問刑を科せられることになり――自我が崩壊したのを確認後、全員がそれぞれ処刑されていった。
それを聞いてほっとした。
もう、これで二度と私たちの前に出てくることはないんだ。
私たちの生活も元通りになった。
……いや、それ以上になった。
私はこれまで通りメイドとしてセレスさまのそばでお仕えしたし、セレスさまは私に文字を教えてくれたし、髪を梳いてくれたし、結ってくれたりもした。
それに加えて……一緒に寝ることも、そしてお風呂に入ることも
すべて一緒になった。
キスをよく交わした。
時に、お風呂の中で。
時に、ベッドの中で。
私たちは――
ついに、結ばれた。
――ユーリ――
青い瞳の中に、まるで情熱の炎が宿っているかのように
ゆらゆらと潤んでいる。
欲しい。
そう言われた瞬間、胸が締め付けられるように感じて
とてもセレスさまが美しくて
きれいで
そしてかっこよくて
まるで、私の王子様のように思えて、
熱に浮かされたように、ただ
――はい――
としか返事ができなかった。
セレスさまの凛とした声が耳元で囁く。
私を綺麗だと言ってくれるその声に
私の心は蕩けていってしまう。
こんなに愛されたことはない。
こんなに大切に扱われたことはない。
胸いっぱいに幸せを感じた。
――ユーリ。愛してる――
なんて満たされた気持ちだろう。
大切な人と結ばれるとは
こう言うことなのだと
初めて知った。
涙声で私もそれに答えた。
――私も……愛してます!――
そっと指で涙をぬぐってくれたセレスさま。
照れたように微笑んでいる、私の、セレスさま。
私だけの、セレスさま。
愛しい。
この気持ちは、やはりそうだ。
――セレスさま――
胸の中にある、思いを乗せて
私はセレスさまに口づけをした。
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