第4話 出会い

我慢できなくなった男どもが、我先にと私の身体を求めてくる。

何度経験しても、どんなに我慢しようとしても――もはや条件反射のように私を追い詰め――そして満足して帰っていく。


ようやく終わった情事に、少しだけ心が休まる。

だが、また彼らはやってくるのだ。


よろよろと立ち上がり、浴室へ行き、すべてを洗い流す。男たちの残滓も、何もかもを。

何も、考える必要は無い。

何をされようとも、何も考えなければ、私自身が傷つくことはない。


私自身が、彼らにとって捌け口という役割しか担っていないとしても。

他の誰にとっても、私自身が「女の代わり」でしかなかったとしても。

しかしそんな自分――女の姿をしている自分自身にこそ、どこか安らぎを覚え…もはや「普通の男」として暮らしていた頃の気持ちを、思い出せなくなっているとしても。

それが、いつもの私の仕事だ。


心を、閉ざしてしまおう。

髪飾りに触れると、父を思い出した。


日常。

およそ他のどんな人にとっても、誰もが「非日常」と口を揃えて言うであろうことが、「私にとっての日常」だった。

朝、昼、夜。時間や場所を問わず、求められ……

それが私にとっての日常になったころ。

もう、この場所に連れてこられて、1年近くになったころ。


そんな私にとって――他人の非日常が日常だった私に――『私の非日常』がやってきた。



部屋の外がやけに騒がしい。

そう言えば、今日はいつものように私を求めてくる者がいない。

領主からは、いつものような紐のような衣服ではなく、今日だけは普通の服を着るように、ときつく言われた。

何かあるんだろうか。

まぁ、別にいい。

私には、関係ないのだから。

そう思って、窓の外に目を向けると――目が合ってしまった。

――『その人』に。


きれいな人だな、と感じた。

中性的な人だった。男なのか女なのか、少し見ただけでは判別できない。

ほどくとおそらく肩まではある美しい金髪を上の方でまとめ、留めている。

だが――高貴な身分の人なのだ、ということは一目でわかった。身につけている衣服もそうだが――たたずまいや、仕草が、隣にいる肉の塊のような領主とは全く違っていた。


厳しい表情であたりを見回し、領主に何か指示している。

あの男が誰かにへりくだっているところなど初めて見た。

すると――その人がふと視線を上げ、窓の外から見ていた私と視線がぶつかった。


私をじっと見つめるその人の視線。


私も、その透き通るような青い瞳に吸い込まれるように視線を外せないでいた。

凛とした、厳しい視線の中にも、優しく、包み込むような温かさを感じる。

その人は領主に何事か言っている。

慌てふためく領主。おそらく私のことを言っているのだろう。

睨み付けるような視線を男から向けられた。

するとその人は中庭から館内に入っていった。そのあとを追うように、領主も後に続いていく。その様子を、その人の姿が見えなくなるまで見ていた。


見えなくなった瞬間、ベッドに体を投げ出す。

もう、大抵のことには驚かなくなっていたのに、さっき視線が合ったあの瞬間。

視線を外せなかった――いや、外したくなかった。

どうしたのだろう。

私は、もう他人に心を開くことを拒否したはず。

そうしないと、この館では生きていくことができない。

それなのに――あの美しい瞳が、いつまでも脳裏を離れることがなかった。


ため息をついていると、不意にドンドン、と部屋のドアをたたく音がする。

どうしたのだろう。


まさか――


そう思い、返事をしてドアを開ける。

すると、領主がいて――隣にはその人がいた。

はっと私は息をのんだ。

一気に鼓動が高まるのがわかる。

固まっていると、領主がその人に私について説明している。


――よくそんなことが言えたものだ――


いかにも自分が慈善家であるかのように――いかに私を大切に扱っているかを熱心に話している。

それを聞いてその人が私に尋ねてくる。


――ここの暮らしはどうか――と。


その声はさっき部屋の中から想像していた以上に優しいものだった。

そして、その声から知った。この人が、女性であるのだと。

それを知ると――なぜか、安心した私がいた。

何故だろう。

一瞬考えたが、今は考えている時ではなかった。


……どのような暮らしか、など……


沈黙のあと、私は答えた。とても、満足しています、と。

その答えに満足げにしている男。余計なことを言われずに済み安堵しているのだろう。

しかし対照的に何故か驚いているその人。


――そなた……男だったのか――


びくん、と反応する。

ここに来てから――いや、来る前からも、か。

女を演じているうちに、それが日常になっていて、自意識から外れていた。

この空間には、私を女の代用としてしか見ていない豚どもしかいないから。

容姿も、服装も。

女であることを求められた。

だから――声さえ出さなければ、鏡に映る私の姿は、美しい少女だった。

そんな私を好きなだけ――欲望の限りを体現する、そんな豚ども。

私を女としてしか必要としていない、そんな者たちしかいなかったから、忘れていた。

私が男であることを。


何か知られてはいけなかったことであるかのように、心臓に冷たいものが流れるのがわかった。

その人が問い続けた。なぜそのような格好をしているのか、と。

答えられない。周りが強制しているから?――それもある。

だが、私自身が「望んで」女性のように振る舞っている部分もある。

乱暴されるうち、こんな奴らと同じ性別だと思うと、私にもこのような浅ましい欲望が潜んでいるのかと思うと、とてつもなく嫌だったから。

男であることを、忘れたかったのかもしれない。


言い淀んでいると、その人はそれ以上深く詮索をせず、手を差し出してきた。


また会うこともあろう。私はセレスだ。


セレス――その名の響きを忘れるまい、と思う私自身に驚きながら、震える手を差し出した。

その手は――思ったより小さく、温かかった。

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