第109話

この人、本当に目付きが悪すぎる。その目で睨まれたら凄く怖い…。





…でも、それ以外は全く怖いという感覚は芽生えない。”男”だから怖いんじゃなくて、”目付きが悪い”から怖い。そんな、普通だけど、私にとっては普通じゃなかった感覚が嬉しい。






この大きな一歩で、お兄ちゃんや真於くんと、昔みたいにまた普通に話せたらいいな…。






そんなことを考えていた私は、無意識に自分の口元が緩んでるなんて気付かなかった。






「お前…、」





『え?』





「…いや、何でもねぇ。」






彼が何かを呟いたような気がして聞き返したけど、そっぽを向いてしまった。…一瞬だけ見えた顔が、赤く染まっていたのは気のせいだろうか。





そう思ってじっと見つめていれば、ギロっという効果音がつく勢いで睨まれてしまって慌てて顔を逸らした。でもその時にはもう顔の赤みは消えていたから、やっぱり気のせいだったのかな…。






それから、特にお互い喋ることもなく、ただただ時間だけが過ぎていった。







『じゃあ…、私はもう行くね。』






ぼーっと空を眺めていた私は、その空が徐々に赤く染まってきているのに気付いて、もうそろそろお兄ちゃん来るかな…と思いながら立ち上がる。






返事は返ってこなかったけど、気にせずドアの方に向かう。






「…あ、お前。」





『?どうしたの?』






ドアノブを回しかけた時、急に後ろから声を掛けられたから、驚きながらも振り返る。






「そういや、名前聞いてなかったわ。」





『名前?』





「そ、お前の名前。」






何でいきなり名前なんて…、とは思ったけど、”早く言え”と言わんばかりに物凄くガンを飛ばしてくるから、





『こ、心音…。』






少し噛みながらもそう答えた。

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