第86話

――ガタンッ








気が付けば、力任せに灰皿を払い除けていた。







大きい音を立てて床に落ちたけど、幸い割れてはいなくてほっと息を吐く。







でも、散らばった吸い殻が再び視界に入り、ひゅっ、と呼吸が苦しくなってその場に崩れ落ちる。







ま、た…っ。







『……いやっ……!!…やめ……、やめて…っ…、』








真っ黒の煙草を優雅に咥えて、紫煙を吐き出している男の姿が浮かぶ。







起きかけた発作を必死に抑えようとするけど、焦れば焦るほど浅くなっていく呼吸。










誰か…っ、助けて…。









だんだんと霞む視界の中で、誰も助けてくれないはずなのに、思わずそう心の中で叫んだ。








その刹那。








ふわっとシトラスの香りが鼻を掠めたと思ったら、温かい何かに包まれていた。

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